ちくま文庫
この物語は、明治6年10月28日から明治10年2月25日まで、征韓論やぶれて西郷隆盛が薩摩にたつ朝からはじまり、西南の役にむかう警察庁抜刀隊の銀座行軍に終わるまで、3年4ヶ月という時間枠の中で語られる短編集である。
面白いのは探偵役を二組配していることだ。まず川路利良大警視、その手先となって働く加治木警部と油田巡査の警視庁グループである。もう一つは後に半七捕物帖で知られるようになる神田三河町の半七の敬愛する元幕臣駒井相模守を中心とするグループである。相模の守はもうご隠居を決め込んでいるが、智慧があり、新政府役人とのつながりも強い。こちらには半七の子分冷や酒かん八、警察に追われている千羽兵四郎、その恋女房お縫いなどである。新政府の役人に一泡吹かせることを無上の喜びとしている。
当時の風俗が非常に良く描かれている。小説は言ってみれば文字を通しての疑似体験である、と誰かが言っていたように覚えているが、読んでいるとそのころの世界に迷い込んだような気分になる。太平洋戦争は人々の運命を大きく変えたが、明治維新はもっとドラステイックに変えた。その変わりようをみて何かを感じることが出来るのもこの物語の功と言える。
明治牡丹灯籠
征韓論で敗れた大西郷が、川路の見送りを受けて鹿児島に下って行く。
油戸巡査は前夜不審な女の乗る人力車を見かけたが、立ち去った後には血だまりがあった。そして今日わだちの跡をつけるととある一軒家、隣家の落語家円朝が不審がるので中に入ると血糊で閉めきった家に、羽川金三郎なる男の刺殺死体。上司の加治木警部と見聞するが分からない。そして円朝が消えた。
「犯人扱いされ、酷い目にあった。」と円朝が、半七親分のもとに駆け込む。しかしそこに件の女と女中が駆けつけ、すべてが明らかになった。女は岩倉具視殺害計画の件で許嫁羽川をすて大国源次郎と一緒になったが、羽川が釈放され戻ってきた。復縁を迫られて、争っているうちに刺してしまった。しかし事情を知った羽川は、自分を家に運ぶように主張したという。羽川は家に戻され、女に迷惑がかからぬよう、自殺に見せかけて死んでいったらしい。
ご隠居の助けで、円朝は不問になった。
暗闇淵の警視庁
はやりの牛鍋を売る開花屋で土佐侍が大暴れ、職人風の男をたたき切った。犯人は黒岩成存と言う者、しかし仲間の名前を言わぬ。その六日後、岩倉具視が襲われたが、(赤坂喰違い門事件)岩倉は九死に一生を得た。彼らはこれを計画していたのだ!
一味は前の話の大国源次郎などを中心とする連中。しかし岩倉の人力車をおった人力車があるはずだ、との話から足が着き、全員逮捕された。
ご隠居は、件の女と大国を会わせようとしたが、女と女中が自殺して実を結ばなかった。そのころ江藤新平が佐賀で挙兵した。
人も獣も天地の虫
淫売禁止令で、江藤新平に恩のある松岡警部は、徹底的に取り締まった。
しかし中には幕臣や左幕諸藩の侍の娘なども多い。お蝶の訴えで、彼らを釈放させるためにご隠居が動いた。
青木弥太郎という極悪牢番を使った。彼はお辰という女を使って、松岡を籠絡、ついに釈放させてしまう。佐賀で江藤は捕らえられ、梟首にさらされた。もはやその死に一遍の同情すら見せぬ松岡だったが、お辰との密通の件で、強引に切腹させられた。
幻談大名小路
冷や酒かん八は切り付けられた按摩宅市を助けたが、その按摩の話。
大名小路なるところへ連れて行かれ、かたきと狙う奥戸外記なる男が脅され、姫なる女性の居所を白状させられる現場を見た、という。
そして小松川癩狂院から件の姫が連れ出され、外記が死体となって発見された。奥戸は大聖寺藩元国家老の倅。どうやら小藩の権力争いで、反奥戸派が姫を取りかえしたらしい。それにしても按摩が連れて行かれた大名小路とは?
開花写真鬼図
岩亀楼の遊女、異人に走った小浪を廻って桜井直茂と東条英教が眼鏡橋(今の万世橋)ではたしあいをすることになった。その介添えにお尋ね者の兵四郎と警視庁の油戸。小浪は今は種田少将の妾になっているという。さてはたしあい、気がつくと相手の介添え人が警察の者と分かって兵四郎が逃げだし、後を追って東条英教。
櫻井も東条も捕まれば国元に帰れぬ、と知って御隠居が一肌脱ぐことにした。種田少将を篭絡し、小浪とつるんでいるところを、横浜の下岡蓮杖に写真を撮らせ脅しの種に使おう。
残月剣士伝
幕府に恩義のあった榊原鍵吉は、町道場を開いているが、閑古鳥が鳴く。しかし今更警視庁に勤めるわけにも行かぬ。そこで加賀人の弟子4人が公開で剣術の試合をする撃剣会を開催したところ大成功。しかしこれを苦々しく思った警視庁は、女に剣劇をやらせる「女剣会」を開催、お株を奪ってしまう。
榊原は警視庁の上田に兜切りで決闘を申し入れ、見事に勝ちを取ってしまう。警視庁は殺してしまえと、旅立った加賀の連中を襲うのだが。
幻灯煉瓦街
銀座煉瓦街の屋敷で尾去沢銅山を強奪した井上馨をからかったせりふ入りからくりが行われる。それが去ってしばらくすると、どこからか琴の音。中に入ると井上の一の子分で尾去沢を支配する岡田平蔵が死んでいた。井上は、犯人を挙げろと、さんざん川路にせまるが、川路はなかなか動かない。
ご隠居が謎を解く。遅動仕掛けつきオルゴール、死体を隠してからくりを見せ、後から隠していた布を取り去るなど。井上が懸命にからくり一味を追うが、最後は相馬大介ばりの勇者が現れて、一味は東北にむけて逐電する。
数寄屋橋門外の変
あのからくりショウの行われた煉瓦屋敷。突然「ひっ、人殺し」の声に菊池巡査が飛び込むと十八人が死んでいた。からくり屋敷は、今では井上馨が買い取り、ある棟梁の手で改修工事を進めていたが、死んだのはいづれも井上の手のもの。一部のものがほおずきを咥えていたのが奇妙だ。そしてこの事件の前、大通りの歩道をおこそ頭巾をかぶったり手ぬぐいをかけたりした女たちが、ぞろぞろとゆきつもどりつしていたという。
十八人の女が群集に紛れて屋敷の中に入り込む、同時に十八人の男が入り込む、それぞれがつがいになるが、すきをみて女が毒入りのほおずきを男に咥えさせ、一挙に殺してしまう。
発端は彦根藩のうらみ話。
最後の牢奉行
川路大警視が伝馬町囚獄署を視察に来た。このころ死刑は次第に斬首が無くなり、絞首刑が主体になってきていた。ところが署長鳥坂喬記等から「斬首を残すべきだ。今日は斬首の実状をご覧に入れる」との意見具申があった。百姓の倅で白痴の男を切る、ということだったが、獄舎をのぞくと男は首括られて死んでいた。鍵は牢番石出帯刀と署長が持っているだけだ。鳥坂は石出をしかり、牢に入れてしまった。
「お奉行さま、お助けくださいまし。」と石出の娘お香也と息子の柳之丞がご隠居に泣き付いた。もともと石出が署長だったが、新政府になって鳥坂に変わった。二人は意見が合わず、石出は牢番にさせられた。今度の事で牢に入れられれば、殺されてしまう。
鳥坂が石出を嫌うには何か訳があると、ご隠居が動き出した。鳥坂のもとにとりなしに行ったお香也が自殺した。伝馬町に変わって出来た市ヶ谷監獄死刑場最初の処刑人の物語。
010117