光文社文庫
夜汽車にそっと乗り込み、非常に上手にハモニカを吹く背の低い浮浪者風の老人がいた。彼は人に馬鹿にされても、卑屈な笑いを浮かべるのみで何も言わない。ところがこの男は浅草のせんべいやに現れ、消費税12円を請求されたことに腹を立て、店の女主人を刺し殺してしまった。もちろん逮捕されるが、完全黙秘を続ける。
この裏には何かある!と警視庁捜査一課の吉敷は、上司の反対を乗り切って捜査に乗り出す。宮城刑務所に二十年以上服役していた彼の罪名は幼児誘拐殺人だった。戸籍名は行川。しかしその犯罪はどうもぬれぎぬだったらしい。一方殺された主婦は、吉原浮葉屋に花魁として三十年も勤めていたが、最近パトロンの源田から店を譲り受けていた。
行川が浅草の花魁ショーで女主人を下見していたことを発見した吉敷は、二人の接点を捜し、ついにむかし小樽で巡業していた呉下サーカスで一緒だったことを突き止める。しかも行川は、実は戦前朝鮮から樺太に連れて行かれ強制労働をさせられた呂兄弟の兄であることが分かった。背の高い弟が、花魁の桜井佳子に恋し、背の低い兄と佳子を誘って三人でサーカスを脱走していた。一方そのころ佳子には源田の身請け話が持ち上がっていた。佳子の本心は兄弟を騙して脱走、源田のもとに身を寄せることだった。
そしてその日の夜、近接する今は廃線になった札沼戦と函館本線双方で、奇妙な大事故が続けて起こっていた。時間順に言うと、函館本線で源田配下の荒正なる男が銃殺された。札沼線に飛び込み自殺者がでた。札沼線に背の低いピエロが現れ、車内を踊りながら消えて行った。ところがトイレの様子がおかしいので、車掌が開けると無数の蝋燭に囲まれて額を撃ち抜かれたピエロの死体と銃、しかも現場保存のため、一度ドアをしめて、再度開けると死体は消失してしまっていた。どこに消えたと調査するうち、車両の前に載せておいた先ほどの轢断死体のカバーをめくると、死体がむっくりと起きあがり、歩き出した。肝を潰して車掌が車内にもどると、乗客がたまたまあった小麦粉をてんでに後からついてきた死体に投げつけた。その直後、一大音響と共に列車が宙に浮き脱線、多くの死者を出した。その時雪の上に放り出された車掌は夜空に浮かぶ白い巨人を見た・・・。
この謎を吉敷が北海道の牛越刑事と共に懸命になって追跡する。
種明かしは、函館本線内トイレで佳子を巡って、荒正と弟が争い、弟が殺される。しかし駆けつけた兄が荒正を射殺し、雪の中を弟の死体をかついで札沼線まで行く。弟を列車に首と手が放れるように轢かせ、列車を止めて乗り込むことに成功する。回収した死体の頭と手を使い、胴は雪を詰めたピエロの人形を作り、紐をつけ、トイレに放置し鍵をかける。自分も函館本線殺人のアリバイを作るため、ピエロの服を着て、車内を歩き回った後、列車外に出る。そして車掌にトイレの死体を発見させ、再び開けるまでに紐を引っ張ってトイレの穴から外にピエロを回収してしまう。轢断死体がないと困るから死体のふりをしているとカバーがめくられたので、ふらふらとついて行くと乗客から小麦粉のつぶて。
ところがこのときたまたま線路際の寺が火災を起こしていた。その火のおかげで空中に飛散していた小麦粉が粉塵爆発、列車が脱線、大事故になったのだという。巨人のお化けは蒸気列車のだす蒸気だったのだろう。赤い目玉はそのときたまたま空を飛んでいた飛行機のランプ・・・・。
偶然、荒唐無稽も良いところだけれど、非常に面白いトリックであると思う。同時に戦争中朝鮮人をかき集めて強制労働させた話、犯人を挙げればいいと偽の戸籍まで作った刑事の話など、社会的な問題提起も十分になされており、作者の誇る本格推理と社会派推理の融合に成功した作品となっている。おどるピエロの怪などの事件解決のヒントになる童話、現実の事件と捜査、それらを代わる代わる見せながら、読者にどうなっているんだろうと思わせるストーリー展開も素晴らしい。
・吉原の話。(80p)
・刑務所の中にいるものにとってね、文盲というのはもう致命的な訳ですよ。(123p)
・いったん有罪が確定した以上、もう多くの権威の面子が関わりますんでね、また、それこそ秩序維持の問題となりますから、容易に覆せないんです。(133p)
・佃島の由来(278p)
・死後硬直による発射(429p)
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