新潮文庫
深夜、雑居ビル1階にあるファミリーレストランで男が突然炎上、おかげでビルは全焼した。死体には獣の咬傷があった。事件の解決のため、立川中央署の滝沢保と警視庁機動捜査隊の音道貴子は特別捜査本部に配属され、ペアーを組んで働くことになった。
滝沢は、妻に去られた40才少しの頑固一徹の刑事。彼はつぶやく「やりにくいったら、ありゃしねえ。早いとこ嫁にでも行って、子供でも産んだらいいだろうが。」音道は離婚歴あり、年齢30と少々。彼女は思う。「あんな親父に小馬鹿にされちゃたまらない。」実はこの小説は半分くらいはこのペアーの対立がもたらす物語。それは女性蔑視と簡単に片づけられるものでなく、古い時代の男と今時のしっかりした娘の対話とも呼ぶべきもので興味深い。
燃えた男は菅原琢磨、本名原照男、同じビルで女子高校生などをあつめてデートクラブを経営していた男、発火原因は過酸化ベンゾイルとわかった。過酸化ベンゾイルは少しの加熱あるいは振動で発火するもので、被害者のベルトに時限発火装置と共に組み込まれていた。
捜査が進展せぬうちに、ベイエリアで会社員が獣にかみ殺された。神奈川県の新興住宅地でおばさんが同じ獣にかみ殺された。捜査の結果、オオカミと犬を掛け合わせたオオカミ犬の仕業ではないか、とされた。警察関係の人間が、何かの復讐のためにオオカミ犬を育てているのではないか、そんな疑いが持たれた。
船津の勤務する病院では、主に精神分裂症とアルコール依存症の患者を数多く扱っている。患者の一人笑子は、時折父親の連れてくるはやてという犬と大の仲良し。彼女がついに里帰りすることになった。
捜査の結果、犬の訓練ができて、警察を退職し、オオカミ犬を買った男が浮かんだ。高木勝広、山梨県藤野町に住んでいると言う。その高木の家から出火、飼っていたその犬が抜け出し、高木は重傷、焼け跡から女の子の死体が発見された。笑子だった。
事件の全容が明らかになった。薬付けになって狂った笑子、その復讐に立ち上がった高木は最初過酸化ベンゾイルのバンドを使ったが、後に飼っているオオカミ犬に変更。ところが自分も復讐されると気づいた、過酸化ベンゾイルを提供した男は先手を打って、男の家に放火した。そうなると残る問題は、逃げてさらなる標的を追っているはやての行方。バイクにさっそうとまたがり、高速道路を必死に追う貴子・・・はやてとの対決の時がせまる。
心理描写が素晴らしい。ストーリーそのものよりその過程を通して現れてくる滝沢と音道のそれぞれの考え方、それぞれの事情、それぞれに対する周囲の目、それぞれの事件への対処の仕方、この辺が何とも言えず読者の共感を呼ぶように思う。
・婦人警官を目指す女性には、とにかく勝ち気で、小意地の悪い女が多かった。・・・・義感、使命感と言う鎧のうちには、滴り落ちるほどの女っぽさをひそませている女。コンプレックスと裏返しの清廉さを売り物にするような女、実は充分に世俗的で下品な意地汚さに満ちているくせに高潔を気取るような女、恥かしげも無く下品な言葉を口にする女。自分だけが正しいとおもう、奇妙な思い込みや、力みすぎ、自信過剰などは掃いて捨てるほど見てきた。嫉妬、いじめ、嫌がらせ、どうしてこういう人が警察官などを目指すのか、一体何を考えて日々をすごしているのか分からなくなるような女が多かった。(99p)
・ 嘱託犬と警察犬(251p)
・ 過酸化ベンゾイルは都内数箇所の試薬屋から少しづつ購入した。二五パーセント水を含んだ湿体の過酸化ベンゾイルを購入するのに、それほどの苦労は要らない。それを、自宅で自然乾燥させ、次いでメタノールに一夜漬けて、さらに風乾すれば、白い結晶の粉末が得られると言う。(494p)
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