新潮文庫
恋文
結婚して10年、しっかりものの女房卿子に学校教師で成長していない感じの夫将一は江津子という女性からの恋文を残して出ていった。江津子は、昔からの知り合いで、独身だったが、骨髄腫で後半年の命と言うことになって、将一に連絡を取り、将一が同情したらしい。卿子は身分を偽って、江津子に面会するが、不思議に気が合ってしまう。しかし将一から「離婚してほしい。あの人と死ぬ前に結婚式を挙げてやりたい。」と言われ、愕然とする。
読み終えて女の気持を良く書ける人だと感心した。「愛が本当に、将一の言うように、相手に一番やりたいことをやらせる勇気なら、自分との鎖を断って相手に完全な自由を与える優しさなら、確かにそれは一通のラヴレターだった。」(50p)は印象的。
紅き唇
和広の妻文子は結婚三ヶ月で亡くなってしまった。そこに文子の母親タヅが転がり込んできた。タヅは亭主には去られ、長女靖代には嫌われており、一人である。気の強いタヅは周囲と揉め事を起すこともあったが、根は優しく和広の面倒を良く見てくれる。彼女はこんな話をした。「娘時代旅館で働いていたが、仲間の豊さんという女性が少尉さんにほれた。私は二人を何とか結び付けようとした。少尉さんは戦地に赴くとき私と豊さんに口紅を呉れた。」和広には浅子という婚約者がいる。タヅは浅子に贈ってやるとパチンコの景品の口紅を和広に選ばせる。浅子が家に来た日タヅは置き手紙をして家を出ていった。浅子は口紅はもらっていないと言う。少尉さんの話もタヅがもらったのはお菓子だったと分かる。女心がなかなか良く描けた作品である。
・(パチンコの)玉は時々目のあたりを切って落ちる。目を細くすると玉の形が消え、光だけが残りそれが段々本当の涙のように見えてくる。涙のひと雫がチューリップの花を開いて吸い込まれ、たくさんの雫に増えて、受け皿へとこぼれ出した。(72p)
十三年目の子守歌
お袋がおれより三つも年下のあいつをくわえ込んで夫婦になってしまった。いやでたまらない。おれには義理の弟雅彦がいる。お袋が身寄りのない女の子供を引き取って自分の子のように育ててきたものだ。あいつの件で「関係ない奴が家に入るのは気に入らない。」とお袋に文句を言うと「お前だって関係ない男じゃないか。」と切り替えされた。実はおれは好きな女といったんこの家を出たんだが、そいつは別の男をみつけてそっちに行っちまった。それで戻ってきたんだが、それ以来お袋には弱い。あいつは次第に周囲の者を味方につけて行き、おれは形勢が悪い。おれは自分を押さえていたが、あいつが雅彦の「お父さんとよべ。今呼ばないと一生呼べなくなるぞ。」と話しているのを聞いて、堪忍袋の尾が切れた!しかしもう一つの真実が…・。
ピエロ
計作と結婚した美木子は美容院をはじめたが、競争が激しくうまく行かない。そんな時計作は「おれ、手伝うよ」と会社を辞め、道化ぶりを発揮して客を勧誘するなど裏で支える働きをはじめた。そして店は軌道に乗った。しかしそんな夫にあき足らぬ美木子は同級生の皆川
に心を引かれる。夫はそれを知りながらやきもちも妬かぬ。浮気から素知らぬ顔で帰ると、夫は「俺も今夜、さっきまで良子の部屋にいたんだよ。」と店員との関係をふざけた様子で話す。そして「やっていけるよ。お前ももう一人だよ。浮気できりゃ女は一人前だよ。」と船頭小唄を歌いながら、出ていってしまった。しばらくして美木子は、自分の失態を庇うために夫は嘘をついたのではないか、と考えた。
私の叔父さん
「おじさん、私の母さんのこと愛していたんでしょう。」夕美子は突然そんなことをいった。
これがこの作品の出だしである。構次は有名なカメラマンである。夕美子は早死にした姪、夕季子の娘で、正確には姪孫にあたる。夕美子は大学に失敗し、結局下関に戻り、構次の姉の喫茶店で働くようになったが、しばしば上京し、構次にカマをかける。昔の夕季子を思い出し相手にしなかったが、姉から「夕美子が妊娠している。あなたの子だと言っている。」
と電話があり、あわてて駆けつける。構次は一たんは否定するが…・。
「大人ってのは嘘をつくことじゃなく、つけることだよ。」(204p) 夕季子の実直な亭主と姉を前に「…・俺のこどもだよ。」と夕美子を庇うところがポイントである。
・ ホテルに戻り、最上階のラウンジで食事をしていると広がる夜景に、この町も変わってしまった、海までがもう昔とは違って都会の付属品になっていると思った。(218p)
人生の謎のようなものを提示し、それを推理小説風に解き明かすところがこの作者の作品スタイルのような気がする。同時に心のひだを感じさせる文章と優しい子使いが魅力だ。ソバックには事象の詩的な捕らえ方があるのだと思う。それが一体となって特に女性読者引き付けるのだろうか。表題作も良いが、私は最後の私の叔父さんが良く出来ていると思った。
010426