ハヤカワ文庫
1995年、仙台市のあるカトリック教会で、矢野布美子の寂しい葬儀が執り行われた。1972年2月28日、連合赤軍と警官隊の銃撃戦に決着がついたが、その翌日彼女は軽井沢の別荘地で大久保勝也なる男性を猟銃で射殺し、居合わせたもう一人に重傷を負わせている。連合赤軍浅間山荘事件の原稿を書いて欲しいと依頼された雑誌記者鳥飼三津彦は、この事件に興味を持ち、矢野を訪れるがにべもなく拒否される。しかし熱心な勧誘と癌に冒され余命いくばくもなくなったことから、彼女はとうとう取材に応じた。
二十才の頃、私は学生運動家の唐木俊夫と親しくなった。彼は私の狭い下宿に足繁く通うようになったのみならず、仲間まで連れて来た。そんなある時、同郷の大学職員の紹介で私は助教授片瀬信太郎の「ローズサロン」という小説翻訳を手伝うことになった。信太郎は優しくハンサムだった。その妻雛子は実は二階堂男爵令嬢で親切だった。私は気に入られ、彼らの甘美な生活に急速に引き寄せられた。唐木は病を得て私の元を去っていった。
夏の2週間、私たちは軽井沢の高級別荘で過ごすことになった。しかしそのころから私は雛子の奔放な生活に驚くようになった。学生の半田、カフェ「カプチーノ」のオーナー副島等、彼女は信太郎をほおっておいて彼らとしばしば夜を過ごす。ところがそれを信太郎は非難せず、雛子も正直に話し、あとは二人で激しいセックスの燃えるらしいとわかった。しかもある晩雛子が副島のもとに出かけ、別荘内は私と信太郎だけ、ふるえる私はなるべくしてなる関係になった。ところがさらに翌日二人は私とのセックスについて話すのである。びっくりして私は別荘を飛び出すなどするが、二人して探してくれて連れ戻される。そして、雛子から求められる同棲愛的行為、麻薬。私は次第に甘美な生活にのめり込み、二人をセットで愛する様になっていった。
しかしその三角関係も崩壊する時が訪れた。雛子がふと出会った電気屋店員大久保勝也に惚れてしまったのだ。最初は肝要に見えた信太郎もこれには怒り、嫉妬し、やめさせようとした。しかし雛子は夢中で大久保の元に去っていった。私たちは東京に戻り、私は古巣の下宿での生活を再会した。ところが雛子から、信太郎が暴れている、私は裸にされ外に出られぬ、との電話。駆けつけて行き信太郎をなだめるが、再び雛子は出て行く。信太郎は私を箱根の別荘にいざないながら身の上を語り始めた。信太郎と雛子の関係、そして今自分がどんなに大久保を憎んでいるかを。私の中に大久保に対する憎しみが膨らみ、破局が近づいてきた。
それにしてもなんと美しく官能的な書き方だろう。事物を丁寧に女性らしいこまやかな見方でつづっているところが魅力である。プロットはそれほどとは思わないがこの表現力でこの作品は存在感を誇示しているように見える。
・ アルベール・カミユの小説「異邦人」の中で、主人公のムルソーは、特にこれといった理由もなくアラビア人に4発続けてピストルを発射したが、私はあの小説を読んだときに、本当には理解できなかったことを自分自身が起こした事件の中で知った。人はムルソーのように人を殺すことができる。世間では人を殺すためには、凶暴さと憎悪と怒りと絶望が必要であるかのように言われているが、それは嘘で、ただほんの少し、虚無感にさいなまれてさえいれば、人は簡単にムルソーになることができるのだ。(378p)
010801