虎口からの脱出 景山 民夫


新潮文庫

昭和3年、日本政府は従来共産勢力の伸張を恐れて、奉天軍を率いる張作霖を陰に日向に助けてきた。しかし蒋介石率いる国民党が各地で勢力をのばし、この北京にも迫ってきた。そこで張作霖軍を山海関で武装解除した上で満州にひっこめようと考えた。帰路当然トラブルが予想されるから、本国の指令を待たずに村岡中将は軍を奉天に終結させていた。
一方上海では、威張り腐る日本人商社マンを痛めつけた陸軍少尉西真一郎が、ほとぼりを冷ますために奉天に派遣される。
しかし日本軍は一方で密かに河本大佐を中心に列車でもどる張作霖爆殺計画が進めていた。秘密命令書を所持させた中国人の刺殺死体を用意するなど、周到な計画を立てた上で暗殺が決行された。ところが領事館で下働きをしていた李麗華が、日本軍のアリバイ工作場面を目撃してしまった。西は、領事吉田茂から「彼女の命を日本軍がねらっていることは間違いない。上海から日本に連れ帰ってくれないか。」と頼まれ、逡巡した末、引き受ける。
逃走車はイギリスのフランク・バール卿の米国製スーパーチャージャー付きデユーセンバーグ・モデルX・スピードスター。上海まで運転手のオライリーが一緒に行くことになった。巻末作者がS・L・トンプスン「A―10奪還チーム出動せよ」を読んでこの作品を書きたくなったというから、ここからが本番。
この車を追うのは日本軍ばかりではない。首魁を殺された奉天軍、さらには国民党。しかし安田混成旅団の検問をは吉田茂の乗る車と2台でだまして突破、柳川の守備隊は軍服を着た西が偽の命令でペテンにかけて突破、山海関の奉天軍は鉄道の上、あるいは万里の長城の上を走って逃走、メルセデスで追ってきた日本軍将校はこれを倒し、最後には天津郊外でタンクと大型車両を備えた国民党軍と対決、今一歩まで追いつめられるが、かろうじて飛行場のブリストル機を奪って上海に向かう。オライリーとはここで別れる。まさに血わき、肉踊るエンターテイメント小説に仕上がっている。

この作品の面白いところは自動車による冒険小説を最初に考えた上で、時代を昭和の初期にさだめ、日本が、自分の都合で張作霖を爆殺した事件をベースにしたことであると思う。結果として前半で爆殺事件、後半でカーチェイスを描いて盛り上げた点も見逃せない。このような作品はつい人物描写がおろそかになるが、西、李麗華、オライリー共に魅力ある人物に仕上がっている。自動車に関する専門用語の使い方も適切で、いかにもそれらしく感じさせる。
(1986)
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