創元推理文庫 日本探偵小説全集5
夢の殺人
「夢中に犯罪を犯した場合、加害者は責任無能力者となるが、被害者の防衛は正当防衛が成立する。」
真面目一徹のN亭レストランコック藤次郎は、美代子という若い女と恋仲になったが、あか抜けした主人の遠い親戚要之助が出現し、彼女を奪われそうになった。ところが要之助は夢遊病の状態に陥ることがしばしばあった。法律を聞きかじった藤次郎は、短刀と文鎮を買い、要之助に剣劇の沢山出る映画を見せた。夜中に要之助がねぼけて短刀を振り回すところを殴りつけて殺してしまおう、と考えたのである。ところが油断して寝過ぎてしまったために、本当に短刀で突き殺されてしまった!要之助は、無意識行動が認められ、釈放されたが、その行為は本当に睡眠中だったか?(1929.10 33)
殺された天一坊
「悪人だから処刑になるのか、処刑になるから悪人なのだか、分かるか?」
子供の母親がどちらか決める裁判で破れた橋本さきが「実母は私だったが、あの事件以後、世間の指弾が厳しく生きて行けなくなった。」との遺書を残して自殺した。後家が殺された事件で、猫が膝の上に乗り煙草屋彦兵衛を犯人としたが、後に猫嫌いの別の男が犯行を自供した。
こんなことがあってお奉行さまは暗くなりましたが、ある時冒頭の質問を発せられ、以後明るくなられました。考えるにお奉行さまは悩んだすえ、お奉行様のお裁きが天下に与えます一つの信仰の力をはっきりお知りになったのでございます。そして天一坊事件です。天一坊は真実御落胤だったようです。しかし、良い男だが、認めて然るべき地位につけた場合非常に危険で、権力として認める訳には行かないと判断されました。そうして偽物と決めつけざるを得なかった分けですが、お処刑のすんだ事をお聞きになりましたとき、ただ一言「そうか」と仰せられまして淋しく御家来の顔をお眺めになりました。
人間を裁くことの恐ろしさと必要性を教えた作品で、考えようでは検事から弁護士へと歩んだ作者自身の疑問を吐露しているようにも思える。いくつか読んだ作者の短編の中では一番良く出来ていると思った。
・天一坊はこの世の中というものの本等の恐ろしさを知らなかったのでございます。真実の事実をありのままに申すこと、もっと難しく申せば真実と信じたことをはっきり申すことが、この世の中でどんなに恐ろしい結果を招くかという事をあの男は存じませんでした。だからあの男は愚者でございます。世にも希な馬鹿者でございます。(198p)
(1929.10 33)
彼は誰を殺したか
「人知をもって神の業をはかるなかれ」
中条直一は、音楽の練習に事寄せて妻と親しく交際する吉田豊が心配でならなかった。だんだん神経質になり、誰の人の目にも触れぬところで事故を装って殺せば証拠が残らないだろうと考えた。ついに静養に海岸に行った折り、吉田を崖の上から突き落として殺した。しかしその1年後、中条は、自動車に頭を轢かれて死亡した。轢いたのは細山伯爵運転するクライスラーで、申し立てと状況証拠によれば車道にふらふら出てきたという。しかし伯爵は、吉田豊の兄だった。無罪判決が出た後、大谷検事は「もし、中条の事件が殺人と考えられるとしたら、今度の事件はどう解釈せられるだろう。」と縷々述べ、中条の日記を伯爵に示す。(1930.7 34)
途上の殺人
「推理小説が犯罪の引き金を弾かせることがある!」
東京駅で乗車したときから、私はその男が気になっていた。こちらをじろじろ見ていて、感じの悪い奴だ。ようやく一昨夜市電で一緒だった男だった事を思い出した。三島にを発してまもなくその男は、私の席の向かいに来て「xx先生でいらっしゃいますね。」と言う。田舎の教師という彼は「先生のような人が、ああいう小説をよく書いていられる。ああいうものを書くことによって、あなたは多くの人々に殺人方法を教えている。」と厳しく私を非難する。実例があるのか、と言うと「実は私がそうだ。私は妻の婚前の不貞を疑い、二歳になったばかりの子供を相手の男の子ではと疑った。流行性感冒がはやったので、妻のいないときに、寒い戸外に何度も連れだし、感冒にかからせ殺してしまった。」それじゃあ、目的達成じゃないか、と言うと「あなたは犯罪の方法を教えた、しかし良心をすてる方法を教えなかったじゃないか。」とからむ。
やっと目的地のT駅についた。警官が男を捕らえに来た。しかしとんでもない誤解があった・・・。どんでん返しのさえる作品である。(1930.11 34)
r991027