鋼鉄の騎士          藤田 宣永


新潮社ハードカバー

昭和11年から13年、ヨーロッパ。ドイツでナチが勝利をおさめ、次第に隣国を脅かし始めていた。ソビエトでは権力闘争に勝利したスターリンが勝利を収めたが、まだ白色ロシアの残党が各国に残っていないわけではなかった。イタリアではムッソリーニが政権をとり、日本では軍部が台頭し、スペインでは人民政権がファシストフランコ一派の反乱に苦しめられていた。フランスは政権が交代し、混乱していた。パリでは各国がこれらの情勢をつかみ、自国の戦略に生かすべくスパイが暗躍していた。
千代延子爵の次男、義正は一時期、共産党に傾倒したが、密告した兄がコミュニスト有馬正二に惨殺されたことから絶望する。フランス駐在武官として赴任する父宗平に連れられて渡仏した彼は、トウルニエ男爵に預けられ、トリポリGPレースなどを見るうちに、レーサーになろうと決心する。自動車修理工場で修行するうち、友を得、世界を知るようになる。
しかし白色ロシア人の集まりであるツアーリ軍人会会長ブルガーコフ暗殺を目撃し、秘書としてその後の権力を握ったプーシキンに近づいたことから、彼らから疑われて、命を狙われるようになる。一方ジローをヘッドとするソビエトスパイは、コルニコフ等現体制の裏切り者を次々に倒して行ったが、武官秘書のブルグランとその関係者も命を狙われることになった。そしてその中には義正の名も・・・。
これら二つの暗殺団の中に入って、弓王子を頭目に抱くパリの大泥棒が活躍する。町レースで活躍し始めた義正は、男爵からプガッテイを得、列強の代理戦争の観を呈するポーでのレースに謎のドライバーカシニョール等と組んで参加しようと決心する。こうして1911年があけ、話は第三章の波乱の時に移って行く。
ジローは、男爵、ブルグランの恋人イブーの虐殺とスターリン体制批判者追求の手をゆるめない。一時期プーシキンに捕らえられた義正は、偶然弓王子に助けられるが、今度はソビエトとナチスドイツの密談中に盗み出した金が偽札出会ったことから、官憲に捕らえられる。しかし彼らと暗殺団の手を逃れて、ふたたび弓王子に助けられて脱獄する。
それもつかの間、武官事務所の山岸嘱託がジローの手先に殺され、義正も捕らえられる。パリの日本人遊民高石とめっぽう射撃のうまいアメリカ在住の骨董屋ゲーリー水島がこれを追う。義正は拷問に会い、絶体絶命のピンチだったが、二人は火災を起こし、混乱のうちに義正を助け出し、さらにジローを倒す。しかしこのころ意外な事実が判明する。あのプーシキンは、実は白色ロシア人グループに潜入したスパイでコミュニストだった!
そしてポーでのグランプリ。義正は破れはするが大いに活躍し、フランスの宣伝に貢献する。しかし出口にはあのプーシキンが待っていた。しかも彼の車を運転していたのはトリポリレースで優勝し、その後身を持ち崩したベルリーニ。二台の車が国境をおいつ追われつの迫力あるレースを展開するが、ついに銃撃戦の末、プーシキンが倒される。
二千五百枚、ハードカバーで九百ページ弱、大変な大作である。冒険スパイ小説と言った趣でエンタテイメントを重視している。ストーリー展開が起伏に富み、スリル満点、ロマンも十分。加えて時代背景の説明も非常にしっかりしているために、あたかも読者自身が当時の欧州を飛び回る感じを与え、血わき、肉踊る作品になっている。同時にこれだけの本当らしさを出すために作者が払った努力が偲ばれる。もっとも革命とレースの共通性については良く分からなかったが・・・。
・革命と貴族は根本的に親戚のような気がするんだ。(130P)
・欧州大戦が勃発すると、社会民主主義者の多くが、自国防衛のために支配階級と共に戦う道を選んだ。しかし、レーニンは他の闘志とは違っていた。自国の敗北に荷担する敗北主義をためらいもせずに宣言し、「帝国主義戦争を内乱へ転化せよ。」と主張したのである。(279P)
・革命は、富の濫費に対する反抗だが、そのやり方は、生の濫費という封建時代の感覚がなければ出来なかった。・・・蛮勇のないところに蜂起も暴動もありはしないのだ。(833P)
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