集英社文庫
主として犯罪における精神分析に力点をおいた短編集。特に表題作の「空白の研究」は精神分析が犯罪追及に実際どのように使われるか実例を示した好著。福島章の「彼女は、なぜ人を殺したか」「精神鑑定とは何か」などを参照しながら読むと良いと思う。
真実の証明
医者大脇博が自室で鈍器状のもので殴り殺されているのを、家政婦が発見した。調べると滑川良介という男が、妹を手術により殺されたと、大脇と争っていた。事件当夜彼は、大脇宅近くにいるのが確認されたし、事件直後大脇の妻悠子が彼らしい男が立ち去るのを目撃した、と証言したため、起訴された。最初、滑川は頑強に否定したが十九回目の供述で犯行を認めた。しかし公判になると一転して刑事に脅かされてやむを得ず認めたもので、自分は犯人ではない、と主張しだした。脅した刑事は、南荻窪警察署の弦田警部と言う。被告と原告たる刑事と証人の悠子の共同犯行というところが奇想天外。不明の男女の語りと公判過程を交互に見せるうまさに感心する。
美醜の探求
榊部長刑事は部下の聖田とともに、醜い男を言葉巧みにホテルに誘い、惨殺し、鞭でたたくと言う連続猟奇殺人事件を追う。榊は妻に先立たれて娘と二人暮らし、彼は何とか娘と聖田をいっしょにさせたがっている。旧知の刑事が殺されたとき、犯人の尾をつかみ、ホテルに忍び寄ると、何と出てきたのは娘。しかし我が家で娘を追求すると、真実はさらに別のところにあった。これも殺人犯と捜査を交互に描いてみせる手法が功を奏している。
嫌悪の条件
アルファカメラの広告は、大手の西央広告が独占していた。ところが今回は、大津や中倉の新生アドとのプレゼンによる競争になった。このままでは敗戦必至と大津に頼まれた中倉は、決定権のある井出社長を動かそうと精神科医の門をたたく。セックスの秘密を解き明かすと、なんと社長はおかめの面に異常に興奮する特性を持つことが判明した。これを除去し、パブロフの条件反射みたいに、ある言葉をささやかれると西央広告が嫌になる方策はないものだろうか。
不安の分析
車恐怖症の佐野は電車の中で自分をじっと見つめているそっくりさんに出会う。しかも男は「私を殺そうとしたろう。」と襲いかかってきた。気がついたとき彼を殺していた。死んだ沢本耕一は、父の沢本進太郎から神原里矢子に当てた「精神分裂をなおしてやってくれ。」との依頼状を持っていた。彼は沢本耕一になりすまし、神原診療所を訪ねる。しかし鎮静剤を飲まされ、まさに殺されそうになる。一瞬逃れて、里矢子もまた他人のなりすまし、と糾弾する。彼女は沢本耕一を殺してどうしようとしたのだろうか。
空白の研究
池原信吾の妻季子は、実家で夫の信吾が深沢麻美と不倫な関係を持っていると告げられ、かっとなって帰宅すると自宅居間のソファに麻美が横になっているのを発見、飾り棚に乗っていたこけし人形で一撃、殺してしまったと言う。被告も認めており、有罪は確定的だったが、発言に疑問を感じた弁護士は、季子の精神鑑定を依頼、東央大学祝田教授が依頼される。問診、各種テスト、麻酔分析、酩酊テストなどから次第に彼女が夫の犯行と信じ込み、夫を守ろうとして罪を引き受けているらしいことが明らかになってくる。教授の助手を務める李建華なる女性のたどたどしい日本語、あけすけのない語り口なども魅力である。
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