日本探偵小説全集3
私(大谷千春)は、自分自身を善良な人間だと考えていないし、子供の頃からずいぶん悪口も言われた。しかし本質的には正義感が強く、少なくとも決して悪人ではなかったと思う。こういう性質はおそらく父から受け継いだもので、私をその父を大層尊敬していた。母は父に従っていたが、小学校五年の時に病没した。
昭和二十年の末、我が家の防空壕の改装工事を行った。父の友人でM大学教授だった橋本のおじさんが山岸、田代、今村の三人の学生を連れて来て助けてくれた。そのとき何となく私は田代に惹かれた。防空壕は外から台所に直接入れるものだった。
終戦の翌年のある日、父は金貸しをやると言って七十万円以上の大金を集め、橋本が見せろと言うから用意したんだと風呂敷を見せた。その夜強盗が入り、私は、縛られ転がされた。気がつくと、鏡にうめいた父に強盗が螺伝細工の入った短剣を突き刺すところが見えた。強盗の手ぬぐいにCI0の文字が見え、短剣を持った手がなんとなくぎくしゃくして見え、父が「あっ、貴様!チクショウ・・・」と言うのを聞いた。
私は橋本のおじさまに引き取られた。みどりというお姉さんがいた。容疑者として前日自宅を訪問した山崎哲夫が逮捕された。しかし私は何か鏡の像と違うような気がした。しかし山崎がは自白した。事件の後、叔父はどういうわけか金回りが良くなり、古本屋をチェーン式の貸本屋にしたところ大当たりをした。
娘時代になり、私はふとした機会に田代に再会したが、彼はやがて姉と婚約した。山崎は脱獄し、事故で死ぬが、そのころ私は、おじさんが左ギッチョであることに気づいた。鏡に映った
短剣を持つ手がなんとなくぎくしゃくして見えたのは、犯人が左利きだったからではないか思い当たり、ひょっとしたら犯人はおじさんと考えた。疑い出すとおじさんは防空壕に詳しかった、当日大金があることを知っていた、あの後金回りがよくなったなどずいぶん疑わしい。その上結婚前に父がおじさんの許嫁だった母を奪ったことも分かった。私はおじさんを、犯人だと確信した。
私は復讐の手始めに田代を姉から奪おうと考えた。事件を起こして、家をでて女学生時代の悪友に紹介されたキャバレーに勤めた。そしてついに田代を捕まえ結婚した。田代はあの山崎を使っていたが、金回りが良くなり、私はシンデレラ気分だった。ただ伊川というヤクザ風の男が私をつけ回し始めた。それでも田代と結婚したことを橋本に告げ、復讐の第一段階は終了した。
伊川の手紙で、田代が麻薬に手を出したことを知った。伊川の面会強要に田代と山岸が少額を持って出向いたが、山岸が伊川の子分に切りつけられて戻ってきた。そして彼は「君のお父さんを殺したのは田代だ。証拠の品は事務所の床下にある。」と言い残して、私の元を去った。あの螺伝模様の短剣とCIOに対応する文字の書かれた手ぬぐいが見つかった。しばらくして田代の死体が発見されたことを新聞で知った。
橋本のおじさん、お姉さま、おばさま、どうかお許し下さい。これで私の手記を終わることにします。
少女っぽい文体をまねたのか、子供っぽい書き方に見えるがこれも作者の作戦、途中からぐいぐい引っ張って行く。特に主人公大谷千春の人物像がエピソードを通して良く描かれている。謎とかトリックという点から言うとそれほどではないが、松本清張に代表される社会派推理小説のハシリと言うところなのだろうか。(1955.8-12
55)
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