ちくま文庫
明治2、3年の江戸が舞台。敗者はもとより勝者もどこから手をつけてよいかわからない空白の時代だった。主人公は弾正台大巡察香月経四郎と補助役で川路利良、事件解決の手足になって働く者に警察官の元になった数人の邏卒を配する。最後にフランスから来た美女の巫女エスメラルダが事件を解き明かすところも工夫が凝らされている。
弾正台大巡察
築地明石町一帯をなわばりにワルを働いていた邏卒猿木次郎正、芋川平九郎、鬼丸多聞太等は小伝馬町牢屋敷一ノ畑曽八を訪れるが、福沢諭吉、弾正台大巡察香月経四郎に遭遇、懲らしめられる。その後もワルを続けていたが、偶然香月経四郎と川路利良を助けて三人組強盗を逮捕、彼らをフランスから購入したギロチンで処刑する場に立ち会うことになる。
巫女エスメラルダ
弾正台は、もと律令制によって設けられた朝臣の綱紀粛正機関、王政復古とともに復活、薩摩出身の海江田信義等を中心に百五、六十人。香月経四郎もその中心人物だが、フランスにいったおり知り合ったエスメラルダなる娘が頼って日本にやってきた。彼女は巫女に興味を持ち、熱心に勉強するが、結婚話の持ち上がっていた香月の叔父真鍋直次は即刻国元に返せと言う。そこでフランスの法律を翻訳する必要があると猶予をもらった。
怪談築地ホテル館
横井小楠殺害関係者杉鉄馬が築地ホテル館で腹をなで切りに切られていた。刀を下駄の鼻緒で固定し、螺旋階段の両手すりにかけ、上から滑らせて、階段を前屈みになって上る杉の腹に食い込ませ切るという殺人方法は傑作。
アメリカより愛をこめて
唐津藩小笠原壱岐守は幕府側の重臣で、アメリカに逃亡したはず。ところがそのお内儀らしい女性が妊娠の様子、しかも壱岐守の出国後の話らしい。そして女の屋敷周辺には壱岐守の生霊が出るという噂が広まる。神田川から二台の人力車が引き上げられ、中から壱岐守を追っていた田鎖左玄の屍体が発見されるがなぜか人力車は車夫のいないうちに走り出していた。壱岐守はアメリカに渡ったのか、田鎖はなぜ殺されたのか。
永代橋の首吊人
岩倉具視は密かに谺国天に命じて美女狩りをやらせているらしい。新政府を支えるにふさわしい才女を集め、有能な若者とめあわせようと言うのである。その谺が永代橋で首吊り死体となって見つかった。かねてから谺を仇とねらう疋田義徹の仕業だろうか。あらかじめ橋に仕掛けておいた縄に、男の首を突っ込んで船の進行にあわせ首をつらせるという殺人方法はユニーク。隅田川にかかる橋は、島田荘司「御手洗潔の挨拶」中の「ギリシャの犬」参照。
遠眼鏡足切絵図
経四郎たちは築地ホテル館の屋上から舶来の望遠鏡でヘボンの弟子岸田銀次郎と民部省の役人が女形沢村田之助を介抱するところをのぞいてしまう。芸者菊千代が誘拐されるが犯人は賀川彦麿で、菊千代の兄に自分の父を暗殺されて仇とねらっていた。そんな中、菊千代が行方不明になり、件の役人の元に膝の上から切断され、足首のない足が届けられた!菊千代が再び誘拐され、ばらばらにされたのか?それにしてもえそにかかって切除した女形の足が芸者の足に見えるか?
おのれの首を抱く屍体
陸軍が軍需品購入の資金を得るため、山城屋和助に巨額の無担保融資をしたが、生糸相場で失敗、山城屋は海外に逃亡した。そして事情を知るの番頭有坂伊平が逐電した。とある畑の中で発見される首と胴をばらばらにされた死体。香月は有坂が殺されたのでは無いかと考え始める。しかし西郷隆盛の圧力が…・。首だけすり替えて人相が判別できないようにし、刑場に運ぶという犯行が面白い。
正義の政府はありうるか
エスメラルダが訳したル・キャピトルが危険な物だ、とわかり彼女は死刑に処せられることになった。香月経四郎が今までの事件は全て邏卒が行うようにし向けた物であり、彼らを影で動かしたのはこのおれだ、と白状し自らギロチンの紐を引く。そのすきにエスメラルダと邏卒たちはにげだすのだが。
(1978)
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