名探偵に薔薇を 城平 京


創元推理文庫

「メルヘン小人地獄」の詩は「むかしむかし、それはわるい、とてもわるい博士がいました。」で始まる。内容は博士が逃げまどうこびとたちを集めて、その脳を三日三晩煮詰め、すてきな毒を作った。こびとたちはは、博士が「このうらみ、きっとはらしてやるからな!」と怒るが、博士は案外ぽっくりいって騒動はすぐにおさまった。
しかしこびとたちはおさまらない。話し合った結果、うらみをぶつける相手を決めた。ハンナとニコラスとフローラ。ハンナをさかさにつるした。ニコラスはぐらぐら煮てしまった。フローラはぐるぐるとむいた。めでたしめでたし。
こんな詩がマスコミ各社に届けられた。
三橋荘一郎は、冬も近いある時駅のホームで不審な男に「小人地獄ご存知か。藤田恵子さんはご存知ですよ。」と声をかけられる。彼は学生の頃から、藤田鈴花の家庭教師をしており、恵子は母親である。
やがてある繊維工場で逆さに吊された藤田恵子の死体が発見された。床には血で「ハンナをつるそう。」の文字。恐怖の事件は三十三年前の忘れられた事件と今回のマスコミへの挑戦状を想起させた。武林善造博士が、堕ろされた子ども、間引かれた赤ん坊を集め、その脳を煮て秘伝の毒薬を作り上げた。致死量0.2グラム、証拠は全く残らないと言う。しかし博士は何者かに殺され、話は忘れられていた。
次いで某アパートで殺された上、煮られた男の死体が見つかった。国見俊雄52歳で、壁に血で「ニコラスは煮よう」と書かれてあった。
恵子の残していった手紙から驚くべき事実が分かった。恵子はあの武林の娘だったのである。「父に共鳴し、冷たい母に怒った私はある時「小人地獄」で母を殺した。私はいつか罰をうけることは分かっている。自宅の砂時計には「小人地獄」が400グラム保管されている。」という。
国見の残した文章が見つかる。「私は三十三年前、武林善造のもとで「小人地獄」の製造に関わっていた。武林を訪れて母子が時々訪れ、多額の生活費を持っていった。私は博士に苦しめられていたから、彼らが憎くてならなかった。武林の娘を殺すとしたら一緒にいた「鶴田文治」しかいない。」当局は鶴田を捕らえるが、彼にはアリバイがあった。藤田恵子殺害時に自動車事故で警察に入っていたのである。
やがて鶴田文治が藤田亭にやってきた。「小人地獄」は終わっていない。フローラがまだいますよ。怖いなら金をだせ、と三千万円を強請ろうとする。思いあまった三橋は、ついに瀬川みゆきを呼び出す。彼女は三橋が大学で教えている不真面目な女生徒だが、名探偵の誉れ高い。
事情を聞き、調査をしたみゆきは「もともとは国見の金目あての犯罪で鶴田は従犯。しかし途中で鶴田が横取りした。」と見破り、鶴田を追いつめる。
以上が壮大な第一部で、後半の「毒杯パズル」は残された「小人地獄」を使った事件の話。藤田克彦、後妻の恭子、今は藤田の会社に勤める三橋恭一郎、娘の鈴花、家庭教師の山中冬美、家政婦の片桐房江がお茶を飲んだが、突然山中が苦しみだし、死んでしまった。ポットからもカップからも多量の「小人地獄」が検出された。これだけ入れると普通は苦くて飲めないのだが、山中は「味覚障害」であったため、嚥下してしまったと言うのである。
再び瀬川が登場し、犯人探し。しかし犯罪の手口、背景事情等から比較的容易に犯人は推定できる。

後味が良くない、のが非常に気になった。メルヘンチックではあるが、おどろおどろしすぎ、しかも非科学的な冒頭の話が嫌悪感をもよおさせる。二部構成というユニークさは買えるが、後半になると、やけに現実的に粘っこい話になるのもアンバランスと思う。人間の造形や動きも不自然だ。特に後半山中冬美の被害者としての立場が軽視され過ぎており、命の意味が伝わってこない。そして「見逃してもらえませんか。」と来るから、甘えていないか、と考えたくなる。
ただなかなかの本格作品であることには疑いを挟む余地はない。全般のメルヘン「小人地獄」のホラー小説的面白さ、鶴田の横取り犯罪の考え方としての面白さはなかなかのものと考える。よくこれだけの作品が、20代で書けるものだ。
001106