講談社文庫
主人公は「おれ」という特に名を名乗らない暴力的で情にもろくやけにニヒルな探偵。三菱商事をけって始めた探偵業、女には持てるが、金にごえんはなさそうだ。おれの扱った4個の短編を収めている。
実にキザな文章!と驚いた。全編、詩という雰囲気。何となく片岡義夫の都会的文章や稲見一良のさっぱりした嫌みのない文章を思い出した。
「秋は鮮やかにやってきた。床に紙質の硬い雑誌をずり落とし、代わりに一枚の毛布をあごまで引っ張り上げ、一九四五年の秋にゴミ捨て場で死んだパルチザンのように背を丸め、両膝を腹に引き寄せていつものようにけじめなく眠りについた。(9p)」
「寒さはどこかしら人をそこ意地悪い性格に作り上げてしまう力がある。タイガの森の中でコケモモのつるを火にくべながら誰かの不幸を願い、事の成就のためには七人の魔女と手を組んでもかまわないなどと言うだいそれた事を考えさせたりする力がある。しかしおれは出来る限りそんな誘惑に抵抗したい。たとえ、十二月のパーテイの招待状が一通も来なくてもすねたりしない。空気の中にさわやかだが、さわやかだが心を波立たせるグリーンノートの香水の粒子をわずかに、しかし印象深く残して街の角を曲がっていった黒いドレスの女が自分のものでなかったとしても嘆きたくない。(149p)」
悲しみの街角
昔の知り合い、佐野雅子は一度流産し、子供が出来ない身だ。相談は「夫に女がいるようです。調べて下さい。」おれが調べはじめると何者かに銃で襲われる。この捜査を一体誰が、なぜ妨害するのだろう。佐野は危惧どおりアパートに女を囲っており、可愛い子供がいた。おれは雅子と寝、責められて、女の存在を白状する。しかし子がいるとはとても言えない。刑事が言った。「なぜおまえが狙われたかおしえてやろうか。満員電車のなかでおまえのくしゃみをしこたまひっかけられたからさ。」
リスボン発二二時五○分
南米で苦労して富を築いた老人の頼みは、「私はもうすぐ死ぬ。身寄りは子供のときにポルトガルに渡った姪だけだ。彼女を探し出して近況を調べ、クリスマスプレゼントにこの封筒を渡して欲しい。」姪はリスボン近くのアルファマで、幼い子供を抱えて娼婦をしていた。彼女についた悪い紐が、おれを襲ってきたが倒した。老人の手紙を渡すと、彼女は書き付け以外に何も入っていないと分かるとぽいと投げ捨てた。しかし彼女の子供は、封書の重要性に気がついた。ポルトガルの旅情が溢れる作品である。
十二月にできた友だち
お天気姉さんこと日野有梨子のリクエストは「数ヶ月前ある男と一度だけ寝た。忘れていたが、その時撮った恥ずかしい写真を送ってきた。相手を探し出し、目的と要求を聞いてきて欲しい。」探し出した大坪なる男に、それほど悪意はなかったようだ。しかし彼は麻薬仲介基地をやっていた。
渡るべき大きな河
桔梗グループ総帥の平沼静夫が、大腸がんで他界し、跡目を武闘派の滝村、友人の黒崎、豊富な資金力を誇る青木、他に二人が争った。結局年長の青木が継ぐが、滝村は面白くない。「何でもいい、青木のウイークポイントをつかんでこい。」おれは青木の「組の財産」流用の証拠をつかみ、同時に滝村の母が娼婦であるとの証拠を青木に流す。二人の間の争いが激しくなり、幹部会の後、青木が死体で転がった。ところがいづこからともなくヒットマンが現れ、滝村を撃ち殺す。黒崎の策略ではなかったのか。黒崎の「おれは被爆者だから、原発は好かん。」という論理が面白かった。
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