新潮文庫
ストーリーはその託老所に中村きんが入所してくる。メンバーは老人ばかりと思ったが、さやかという六歳の女の子が一人入っている。そこは私立だが安い、しかし「自分のことは自分でやる」が建前で面倒は見てくれない、そしてぼけたら強制的に退所させられる仕組みになっている。くめがぼけた。やがてくめが近くの公園で首吊り死体となって見つかった。きんが現場を見ると踏み台がなかった。「さやかが踏み台になった」ときんは気がつき、あらためてばあさんの言っていた「きんさんが惚けたら、みんなで面倒みたるからな」の意味を思い起こす。
「ねえ、笑っておくれよ。」はぼけて退所した嘉蔵老人を見舞いに行き、なんとかみんなで笑わせてあげようとする話。
「おねがいしようか」は九十を越え、入所してきた文三、キリコのなんでも感謝しながら生きるという話。ヨーグルトをパックにしてつけたところ、若返ったと言う話が面白い。
「幸セニシテアゲル」、きんには交通事故にあって植物人間になった息子の欽吾と嫁の由紀子それに孫等がいる。怪しげなイラン人易者が弁当箱にマッチを入れ、その将来を占ってくれる。マッチ棒を通じて語られる本音の話が面白い
「役に立てるかい?」は朝霞さいという老女が入所してくるが、彼女はここに来て「やくにたてる」ことを知ってひどく幸せのようだった。そのさいがまた首吊り自殺をした。
最後は実はさいの息子がレポーターだった。彼は週刊誌に託老所で全員によるボケ老人殺人があったのではないかと告発する。警察も黙っているわけには行かない。捜査を開始し、ボケ老人が紐をきちんと結べるわけがないと考えるが老人たちをきつく調べる訳には行かない。勢い看護婦のせい子に聞くのだが、分からない。結局警察は臭いものに蓋でもするように託老所の閉鎖を強要する。
オムニバス小説とでも言うのだろうか、エピソードが六つあり、それが最後でまとまるという仕掛け。ボケ直前の老人たちを預かる新宿職安前託老所の話である。笑いの中に背筋のさむくなるような老いの現実がかいま見え、しかも一方で作者の彼らを見る目の暖かさが感じられる。ミステリーという観点からのみ捕らえれば、最初の「めんどうみてあげるね」最後の「ひとりでできるもん」がいい。
老人になってぼけると施設からは追い出される、家族からは迷惑がられ、むしろ死を期待される、そんな老人医療の現実をえぐりだして見せた作品といえようか。作り物だがそうと感じられないろころが共感を呼ぶ。