ミステリーズ         山口 雅也


講談社ノベルズ

 短編集。いづれの作品にも、作者の「今までの推理小説のない物を書いてやろう。」というチャレンジ精神が感じられる。若いみずみずしい才気が感じられ、それだけに注意して読んでいないと良さが理解できないところがある。それはまた作者が「推理小説とは本来どうあるべきなのだろう。」と長い間かかって考え、その間に試みとして生まれてきた作品ということも出来る。
密室症候群
 密室で一番難しいのは心の密室。
 母親が心を閉ざした少女をつれてキンロス博士の元にやってくる。少女はその心をあらわすような密室を作ったが作業はそこで打ちきり。と、ここまで書いた密室恐怖症のパトリックロシターは、と話が展開、これを治そうとする騎士道狂いの兄が登場。とここまで書いたところで30年後のキンロスと妻の回想。話を相互にいれこにして、読者を煙にまいているところがなんとも言えず奇妙だ。
禍なるかな、いま笑う死者よ
 笑って死ぬものは天国に行けるだろうか。若いデイレクターアダムズが新番組の出演者を審査していると昔の友人ロイ・コーエンがやってきた。彼は落ちぶれ、ギャグも面白くない。相手にしなかったところ、アダムズは怨まれて捕らえら、椅子に縛り付けられた。「おまえを絶対に笑わしてやる。」コーエンのギャグは笑いようもなかったが、夢中になるうち、いればがはずれた。アダムズが大笑いすると銃が発射された。
・笑いは本質的に悪なのかも知れない。(69P)
いいニュース、悪いニュース
 比較的よく見かけるブラックユーモアあふれる艶笑談。デキウス教授・エレン夫妻とアンジー・ポール夫妻は、倦怠を脱却するため、スワッピングをしたことから、それぞれおかしくなる。1年後デキウス教授がかっとなってエレンを殺した。アンジーは毒入りワインを用意してポールを殺そうとしたが、逆に殺されてしまった。デキウス教授とポールはお互いの成功を祈ってワインで乾杯!。
音のかたち
 ハル叔父は、妻の苦情にも耳を貸さず高級ステレオオイロダインを購入した。音は波でそれは人間と一体化する、と信じ、次第に狂気じみてくるがその本質は?親しかったユダヤ人が惨殺される。「総統と共に、同胞と共に。究極の勝利を信じるか。」「然り、然り、然り!」
 オイロダインは総統そのもの、叔父はオイロダインが吐き出す、あらゆる言葉、あらゆる音のかたちと一体となって、至福と法悦の時を過ごす。
解決ドミノ倒し
 推理小説はどんでん返しが面白い。雪に閉じこめられた山荘の地下室で起きた殺人事件、警官と思った男まで実はインチキ、何だかクリステイの「ねずみとり」を彷彿とさせる書きぶり。しかしこちらはどこまで行ってもどんでん返しが終わらず、結局はどうなっているのだろう、と読者に下駄を預けておしまい。
「あなたが目撃者です」
 番組「あなたが目撃者です」とそれを聞いている男という設定で、読者はなんだかテレビをみているような気分になる。レッドリヴァー連続娼婦殺人事件。そして最後にコンピュータグラフィックで被害者の女性の顔の合成。男が犯人の条件にあっていると怯える妻。テレビを見ていた男はおかまいなく叫ぶ。「合成した男が犯人だ。犯人だけが彼女が緑のコンタクトをしていたことを知っている。私が目撃者だ!」
「私が犯人だ」
 私がレノラを殺した犯人だ、と主張しているにも関わらず周囲からは認められない滑稽な主人公。ところが連中は彼を村芝居の一員と考えていたのだ。私はそれなら逃げだそう、考える。ところが九官鳥殺しの犯人に仕立てられて・・・。
蒐集の鬼
 たかがレコード、されどレコード、古いSP蒐集に命を懸けた男の物語。そっとすり替えたボロレコードが実は大変な掘り出し物だった。しかしあわてて持ち主の元に駆けつけると、件のレコードはクレー射撃の的になって天高く放りあげられていた。
<世界劇場>の鼓動
 海に突き出た断崖の上に屹立する世界劇場を訪問した私が、流れ来る音楽に感動し、同化してゆく様をイメージ的に描いた物。こういう作品はやっぱり筆力!
不在のお茶会
 主人公アリスがいないお茶会。アリスは<私>を捨て、木や草と同化すれば、幸せになれると信じ、自分が全く感じられない子になる。一体<私>とは何なのか。<私>は小説の作者と読者という関係においてどのように存在すべきなのか。最後に主人公の席に座るべきは作者か、それとも読者か。
・<私>が<自分>がと言う意識が諸悪の根元なのだわ。木や草にも意識・・・・<私>はあるけれど、それは他の生物と共有している広く自然界全体を覆う<私>なのよ。先生の言う根元的意識ってそう言うことなんでしょ?(298P)
・<私>とは何か、の研究(305P)
・作者が小説を書くことによって、真の<私>を現出させているなら、読者がそれを読むという行為も同じ事だわ。読者が書かれた文章を読むまさにその行為の瞬間には、否応なしに背後に語り続けている作者の真の<私>が存在しているわけで、と言うことは、読者は読む「こと」の内に、作者の真の<私>と読者自身の真の<私>を重ね合わせていることになるんだわ。(324P)

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