道<ジェルソミーナ>         笠井 潔


集英社

帯に「自分と、自分が生きているこの時代を直接的に描いてみたい。そんなモチーフから、私立探偵飛鳥井をめぐる物語が構成された。…・。」とある。取り上げられたテーマはいずれも極めて個人的な泥臭い問題ばかり、こういう場合人間に対する理解がまず要求されるのだが、その点ここに掲げられた作品群は良く出来ている。特に話の途中で、見方によっては脱線とも思われる作者の世の中や人間関係に対する蘊蓄が実に楽しい。

硝子の指輪
大学教師の岩城義広が長いことニューヨークで暮らし昨年戻った江崎真由美の捜査を依頼してきた。仕事は簡単に終わったが、その岩城が自宅マンションで胸部と腹部を刺されて絶命していた、と報道された。彼は4年前沙織と結婚したが、不仲で、タイ人ハルタイ・パックデイーと同棲生活を送っていた。妊娠していたハルタイは、姿を消した。岩城はHIV感染者であることが判明し、ハルタイから移されたのでは、と考えられた。
飛鳥井は連絡の取れない江崎を訪問するが、江崎もまた殺されていた。側にハルタイが岩城に送った硝子の指輪が落ちていた。江崎のノートから沙織がニューヨークでボブ・キャラウエイなる男と付き合っていたころがわかった。さらに独自ルートによる調査で、ボブがエイズで死んだことが分かった。
当局は伊豆の別荘に潜んでいたハルタイを発見、追求をはじめた。しかし事態は意外な方向に発展して行く。

晩年
死の床にある佐伯富子には二人の息子がいる。長男が篤夫で四十歳、銀行員で地方銀行の上大岡支店長、育子と結婚している。次男が春彦で三十四歳、彼は高校を中退し、仲間とバンドを結成したが、十年前追っかけ女高生西本裕美を殺した件で、逮捕され服役、この2年前に出所したが行方がしれない。
富子の依頼は春彦を探し出すことだ。ようように横浜の木造アパートで発見。富子の依頼を伝えてきた富子の妹、高沢早紀子に報告するが、翌日春彦は刺殺死体でみつかった。
富子から「晩ねえ」の言葉を聞いた飛鳥井はふとした事で太宰治の「晩年」ではないかと考え、寝室の本棚からひっぱりだす。そこには遺産をすべて春彦に譲るという遺言書、西本裕美殺害事件の真犯人を指摘した日記の断片が挟まっていた。

銀の海馬
大阪から出てきた吉村千尋の頼みは失踪した父野沢隆典を捜してほしい、と言うことだった。隆典は失踪前中堅企業で部長職を勤め、大型冷蔵庫を開発したことがある。生来明るい男だったが、失踪1年前くらいから急に暗くなったという。武蔵境の自宅を訪ねると妻佳代子がいた。しかしもう一人訪問者、報道番組で知られている叔父の野沢昭典が来ていた。失踪時の事情を聞き、隆典が韮崎で乗り捨てたという車を見せてもらった。千尋の送ったタツノオトシゴを飾ってあった鎖が残っていた。
散々苦労して新宿で路上生活者をしている隆典らしい人物を見掛けた。しかし目を離したすきに彼は迎えに来たらしい何者かの車で消えた。翌日その人物が死体となって発見された。この寒さで冷凍死か。佳代子の元で葬儀が行われることになったが、最低の棺、その上訪問者もいない。駆けつけた千尋のために飛鳥井が強引に棺の蓋を開けてやると、千尋が「これはお父さんじゃない!」
この男はこの家にある冷蔵庫に閉じ込められて殺されたのだ!それにしても本物の隆典はどうなった?理由は?犯人は?

道<ジェルソミーナ>
世田谷区経堂で結婚相談所を開設している塚原昌枝が相談にやってきた。吉川信和という男が自宅で首つり自殺をした。自宅の金庫から4,5憶の価値ある債権類がすべて持ち出されていた。彼は塚原の相談所で平野美智子なる女性と婚姻したが、数日前に美智子は家を出ているという。
美智子のマンションを訪ねると、何と別の女が刺し殺されていた。向かいの女は「彼女は平野美智子で、スペインから帰ったばかりという。」塚原は、結婚詐欺にあったらしい。しかも彼女は、塚原が偽の美智子に贈ったという12個のダイヤをあしらった超高級ネックレスを着けていた。
吉川の前の妻幣原緑とともに、美智子が塚原にネックレスを買わせたジュエリー・ジェルソミーナを訪れる。

・あなたの個人主義は常識をはずれていると、ときとして妻から、我慢できない口調で責められた。隔日に交代で洗濯をしようと提案しても、厭だという。自分のものは自分で洗うと、食事や洗濯は、一例にすぎない。
一事が万事、あなたはそうなのだ。それほどに、日常の家事や雑事を共同でやりたくないなら、なぜ結婚などしたのか。結婚生活とは、もともと他人同士の女と男が、おなじときにおなじものを食べるということではないのか。たとえ気にそまないにせよ、たがいに妥協して。
愛情とは、その妥揚を支える力だろう。あなたは、どんなに僅かでも妥協しようとしない。はじめから、する気がない。生まれも育ちも違う他人同士が、何十年も一緒に暮らすこと。それに必要な諸々を、なにひとつ意思的に被ろうとしないのだ・・・・。(48−49p)
・ 「晩年」…・「思ひ出」(太宰治)(105p)
・ ホームレスの場合は外見も、雰囲気も、態度や顔つきまでもが似ているようだ。おなじように汚く、おなじように異臭を放っている。東京のホームレスがロスの仲間より、少しは締麗だとか、清潔だとかいう感じはしない。社会の上澄みの部分では生じる日米の文化的な差異も、最下層に淀んだ澱の場合は、ほとんど共通する成分で構成されている。そんなふうに考えるべきだろうか。(142p)
・ 地下通路にも、駅ビルに通じる階段にも、点々とホームレスたちの姿が見える。小精麗な服装をした人々は、その存在を無視するようにして流れ続ける。いや、たんなる無視、たんなる無関心では、たぶんない。
通行人は、ホームレスを見ないようにしている。可能なかぎり、目と目をあわせないように。その存在を意識した上で、意図的に無視しようと努めているのだ。それは無視というよりも、正確にいえば忌避だろう。
この忌避する態度のなかに、高度成長までの日本とも、またアメリカとも運う現代日本人の特性を見てしまうのは、傍観者の考えすぎというものだろうか。
なぜ人々は、ホームレスを忌避しようとするのか。汚らしいから、悪臭を放つから。しかし、そうした生理的な嫌悪感では、説明しきれないものがあるような気もする。たぶんホームレスの存在は、人々の平和で豊かな日常生活を脅かす、グロテスクな異物なのだ。永遠に繁栄する日本という華麗な虚構。その虚構に走った不吉な亀裂。
ほとんどのアメリカ人は、日本人のようにホームレスから、当惑して目をそらしたりはしない。むしろ、これみよがしに鼻をつまむことだろう。アメリカ人の多数派は、社会的敗者や脱落者に、しばしば冷酷な態度をとる。敗北も脱落も本人の責任であると、自由主義と個人主義の原理が、そのように考えさせるからだ。(144p)
・ この国で共同体における役割は、そのまま個人の人格性として扱われる。だから正確にいえば、個人など存在しないともいえる。どんな役割であるか判断できる、おなじ共同体に属する人間とは、瞬時に人格的な関係性が成立してしまう。だから共同体の内部で、日本人は他の人間にたいして好意的にふるまいうる。共同体に属さない人間には、「客」の役割が期待される。
おなじ共同体に属する人間や一客一は、厳密には他人ではないのだ。たとえば言葉が通じない外国人のような、しかも「客」として招いた覚えもない真の他人が、否応なしに眼前に出現したとき、日本人は対応に苦慮する。腹を割って話しあうことが期待できない他人には、無表情で冷酷な仮面をつけざるをえないのだ。それは共同体の常識が通用しない、無関係な他人にたいする恐怖に由来している。
アメリカ人の場合も他者恐怖の感情は、日本人と基本的におなじだろう。日本人とアメリカ人の決定的な違いは、黙殺された他人が恐怖にかられ、自分を殺しにかかる可能性を無視できないものとして想定するか、どうかにある。
アメリカ人も日本人も、おなじように他人を苦手としている。しかし赤の他人でも、まさか自分を殺しはしないだろうと、無根拠に信じられる日本人は幸福だ。だから他人を、平然として黙殺できる。(232p)
・ はじめから他人ではない、あるいは他人とは思われない対象を求めて、配偶者をもたない男女が結婚相談所を訪れる。昌枝のような有能な相談員は、無関係な男女のあいだに、はじめから親密である関係を、あるいは共同体的な既知の関係性を、巧妙に仮構する。いや、巧妙に仮構しているという自覚はないのだろう。世話好きの女が、好意で男と女を結びあわせようと懸命になる。それとおなじだと、昌枝は自己了解しているに違いない。
男も女も心底では、この時代に、はじめから他人ではないような相手が存在するとは信じていない。それでも、騎されたいのだ。栂談員に編してもらいたいと、登録メンバーは無意識に願望している。結婚相談所とは、すでに崩壌した伝統的な婚姻システムを、かろうじて擬制的にせよ温存している場所ではないだろうか。(234p)

010111