Mの悲劇    夏樹 静子

角川文庫

北海道厚岸町、釧路からさらに五十キロほど東に位置する、この海沿いの町にまた春がやってきた。元女優の真淵早奈美が年の離れた陶芸家洋造とともに東京を離れ移り住んでもう七年になる。彼女は視界を覆う海霧の中で、今年こそはその乳白色の壁をつきやぶり、この平和で怠惰な満ち足りた生活をつきくずす何者かがやってくるのではないか、と期待し、同時に恐れていた。

期待は中沢一弘の出現によって現実のものとなる。弟子を取らぬはずの夫が気にいり、長く滞在するうちに早奈美は中沢に急速に惹かれていった。

ところがそれを夫に気付かれているかが心配になった。夫の日記を読むとなんと夫は気付かぬふりを装いながら、自分たちを亡きものにしようとしている様子が伺える。中沢に相談すると先手を打たねばならぬと主張する。一方では夫を愛している彼女の心は揺れる。

久しぶりに真淵が登り窯をたくことになった。しかしそれが焼きあがったころが、夫が私たちを殺そうと考える時期か。

東京で、資産家の妻の池見順子は、家裁に同じ七年前に行方不明になった夫池見敦人の失踪宣告をしてもらい、生命保険金を受け取り、財産を娘とともに相続できるよう弁護士に働きかけている。

一方警察は、ある窃盗犯が行方不明になった池見敦人の遺品を持っていることを知ってにわかに関心を持つ。捜査で敦人は、真淵洋造の作品を買い取るなど多くの援助をしていたこと、二人は女優であった早奈美をめぐって争っていたことなどが明らかになる。

七年前の敦人失踪事件は、物語にどのようにかかわってゆくのか。早奈美が年の離れた洋造につき従って厚岸まできたのはなぜか。中沢一弘とは何者か。謎が謎を呼んでゆく。

ロマンミステリーといった趣のある作品で、よくできていると思う。厚岸の描写も美しく旅情を誘う。登り窯を焼く過程の記述も良く調べてあると感心する。陶芸を扱った作品は彼女は「わが青春のマリアンヌ」で書いている。

しかし「七年の空白をへて男が日本に戻ってくる。」の記述と池見順子の夫の失踪宣告請求の記述から、読者は帰国した池見敦人ではないか、と考える。

ところが物語を読み進むとそうでないことがわかる。一種の読者トリックであるが、事件が起こる時期を無理に七年の失効宣告に合わせた感じがし、すっきりとしない。「Wの悲劇」を凌ぐ、とまではいえないように思う

死体を自動車のトランクに乗せ、フェリーで運び、自身は飛行機でゆき、アリバイを作るところがなるほどと思わせる。

・ (今回の事件は)業務上のつかない過失傷害に当たるということなんです。・・・・親告罪でしてね。被害者が告訴しなければ、罪に問われない。(385P)