熱帯夜             山崎洋子


新潮文庫

 橙子は、10年前赤ん坊を風邪でしなせた経験を元に、無認可保育施設の問題をまとめ、評論家として名を知られるようになった。しかしそのときの傷跡が心に深く残っている。今はそのときの夫とは別れ、妻子のある真鍋栄介とつきあっている。担当しているテレビ番組で弁護士の田沼真希子を知った。
 真希子は、家には重雄というコンプレックスの固まりみたいな夫がいる。事故で植物人間になった兄と、ぼけてしまった母親を養っている。横浜弁護士会から依頼されて石川信子という女性の弁護を引き受けることになった。彼女は、男に捨てられ、子供を陸橋の上から落として殺したのである。
 真希子は、この問題を通して「働く女性が職場でいかに不当な待遇を受けているか。」を訴え、有名になりたいと願った。それには仲間がいると、強引に橙子に共闘をくむことを申し入れる。
 最初はうまく行っていたが、そのうちに橙子はセクハラを切り口にするようになった。二人の溝が次第に広がっていった。栄介にも満たされぬ橙子は、真希子の事務所にいる若い小野卓也と関係を持つようになった。橙子に不満を持ちだした真希子に新聞記者の相良が近づき始めた。
 そんなおり、週刊誌が女性問題について立派なことをいっている橙子が実はこんなに乱れた生活をしている、真希子も同様だ、というようなスキャンダル記事を載せた。二人の女性は途端に受け身に回ることになり……。
 橙子、および真希子と言う二人のエリート女性の本当の姿と心理のひだを非常に良く捕らえている。目立たないが石川信子の実像と裁判で申し立てられる姿の違いも面白く、なるほどと思わせる。「花園の迷宮」でデビューした彼女だが、そのころに比べると文章にしっとりとした味わいが出てきているように思った。

・ 装うと言うことを禁じられるのは、女にとって何と残酷な事だろう。(49p)
・ 法律的に見れば、配偶者の貞操は結婚している者の「権利」なのかも知れない。しかし、男と女が引かれあい、肉体を重ね合うことは、権利や義務という次元の問題ではないはずだ。(70P)
・ 若さだけが持つ好奇心と傲慢さ、そして一抹の不安に彩られていた。(193p)
・ 年下の男とつきあうときの鉄則は、収入の多い少ないに関わらず、相手にお金をはらわせることだ、と或る高名な女流作家が随筆に書いていた。年下だからといっておとこが当然のように甘えてくる関係になると、女はくすんでくるのだという。男は使ったお金の分だけその女に未練を持つ。だからねらった男には、どんどんお金を使わせること、というのは銀座のクラブのホステスから聞いた言葉だが、それは一般的な男女関係にも当てはまるらしい。(199P)
・ どんな人間でも、いくつかの異なった面を持っている。生まれてから死ぬまで加害者であり続けることができないように、全くの被害者であり続けることもできない。(211P)
・ 自分のために他人のプライバシーを暴いてもいいけど、他人のために自分のプライバシーを暴かれるのは嫌だと、こういうわけですね。(236P)
・ 今の自分が嫌でたまらない、だけど生き方を帰る勇気もない…・その結果、自分の中に二つの自分が生まれるんです。(271P)

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