講談社文庫
オーナー東条嘉樹が財政的にゆきづまった箱根空間美術館は、総合エンタテイメントグループ総帥大山憲吾が新館長に就任することとなった。彼はその記念に従来主流を占めていた老彫刻家北原光春をさしおき、若手女流芸術家高桐ルイに新作を展示させた。直径八メートル、高さ十五メートルの巨大な金色の円筒で作者はニュートンの密室と名付けた。見物席と反対側に内側へ押し開けられるようになっている出入り口があるが、これは外側からのみ開けられるようになっている。さらに密室の中心には三メートルの高さに監視カメラが置かれ、外から内部がモニターできるようになっている。
事件はオープニング・セレモニーの当日おこった。円筒内部の監視カメラが出入り口に倒れている主役の高桐ルイを映しだしているではないか。あわてて専務の楠俊政等がドアをあけると彼女は十カ所以上の刺傷を受けて息絶えていた。
衆人環視の中、犯人はどのようにして犯罪を犯し、現場から脱出したのか。円筒上部から抜け出した形跡は全くなく、ましてや地の底から等というのは論外である。このなぞに東京教科書株式会社の木原青年、当日招かれていた人気スター峰村保の娘由起子の家庭教師軽井沢純子がいどむ。
密室は通常自殺に見せかける必要がある場合に用いる。他殺とはっきりしていれば意味がない。なぜ無意味とも思える密室作りにこだわったのか、がポイントになる。
実は出入り口を半分あけたまま、円筒の中に被害者および同じ服装をした犯人二人が入り、犯行が行われた。監視カメラは一瞬倒れている犯人を映しだし(この時ドアはマグネットテープを張り付けてそれらしく見せたというのは面白いアイデア)、その後映像が乱れた間に脱出した。監視カメラを捜査している男は共犯で、直ぐにカメラを正常位置に戻し、円筒に駆けつけ鍵をもっている被害者を発見したのである。
作者は純子にこんな風に言わせている。「もちろん、素晴らしいトリックを編み出せれば、それもいいと思う。でも、普通の小説がつまらないぶん、もっと推理小説には小説としての根本的な部分でがんばってほしいんだな。ドラマの部分でね。」(55P)その通りでこの小説も峰村保と高桐、軽井沢の関係、それに対する由起子の思いなどがサブストーリーになっていて楽しい。まずはテンポのよいミステリーといった感じ。
・ 友達の家とか行くと、よく分かるもん。両親の仲がいいところって、全然雰囲気が違うから。何よりも、お母さんの顔が柔らかだし…。ほら、うちのママってきれいだけど、きつい顔してるでしょう。パパとうまくいっていないから、いつもどこかでピリピリしてると思うんだ。(147P)
・ ニュートンはリンゴの方にも引っぱる力があるのではないか、と考えたのがニュートンだった。この着想が非凡だったんです。(209P)
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