にごりえ殺人事件 加納 一朗


双葉文庫

明治二十年、「文明新聞」を主催する前沢隆介こと天風は、呉服橋から銭亀橋方面にたむろする遊女おうめに、おりから巷にささやかれる廃娼論について意見を取材していた。 その時突然雷鳴と稲妻。青白い閃光が路上に横たわる遊女の死体を照らし出した。女はおあきといい、腹を着物の上から突き刺され、えぐって、割かれていた。
中条健之助小警部はおあきにまとわりついていた香具師の小寺伝吉を逮捕する。しかし小寺は足を洗おうとしていたと主張し殺人を否定。行き詰まっているうちに同じ殺し方でおえんという遊女が殺された。彼女は犯人の着衣から得たらしい金ボタンを握っていた。
その金ボタンからおうめが日本橋丸兼という汽船会社の小使い桂木庄太が浮かんだ。しかし桂木は会社の金二千円を拐帯して逐電してしまった。やがて桂木は駒場村で大捕物の末逮捕され、金の拐帯を認める。しかし殺人は強く否定する。中条は追求の手をゆるめないが天風は殺人犯ではないと直感する。
樋口奈津等との小説研究会を終えた柳下梅村が、同じような女性の死体発見した。おそのだったが、不思議に犯人らしい男が「…おうめ」とつぶやいて消えた。しかもおそのはおうめから譲り受けた浴衣を着ていた。どうやらおうめと間違えて殺されたらしい。
「犯人の本当のねらいはおうめではなかったか。最初の二つの殺人は捜査の方向を誤らせる目的ではなかったか。切り口から見て、長い刃物だ。軍関係者ではないか。子供のときに女に相手にされず女性コンプレックスをもっている男ではないか。」
天風と奈津がいろいろ推理した結果、おうめが危ない、それなら逆に罠を仕掛けようということになった。おうめをじっと二人で見張る傍ら、写真を勉強しているあの伝吉が改良早撮り写真機を用意して潜む。
その男の腕が暗闇の中でそっと伸びた。何かが光った。鈍い金属的な光が反射した。伝吉は写真機をおうめにむけ、電線を接触させた。猛烈な白光とけむりと音がした。マグネシウムが燃えてあたりは白昼のように照らされた…・・。

クリステイの「ABC殺人事件」を思い出す。プロットは今一歩と言う感じがする。事件解明の方も、真の目的がおうめだけという結論に導くところが弱い。もう少し樋口奈津がはりきって蘊蓄を傾ければ良いのにと思った。しかし明治20年頃の世相がよく描かれており、その時代を作品を読みながら楽しむことが出来る。それにしても陸軍から追放された犯人が、英国で切り裂きジャックになったかもしれない、という説はなかなか面白いですな。もう一つ樋口一葉は「探てい小説すこぶるよし」と書いているとか。もう少し長生きすれば我々は彼女の推理小説を楽しめたかもしれないのに。
(1984)
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