折葦           木々 高太郎


日本小説探偵全集7

 主人公東儀のもとに、志賀先生を通してきた福山みち子の相談「夫と結婚して2年になるが、どうも不気味だ。私が来る前の前妻の死に疑問がある。どうも夫の実の娘久仁子を殺そうとしているように見える!」

 深夜、若夫婦と老人の部屋から危急をつげるベルが鳴ったので、女中二人が手分けして赴くと、若夫婦の部屋は空、老人の部屋はしまっており中からうめき声、戸の外に若主人が立っていた。鍵を取ってきた若主人は「中から鍵がかかっている。」と戸を踏み破った。中では老人は死んでおり、若夫人は「卑怯者!」の一言を発して気を失い、その後亡くなった。事件は老人に刃物で迫られた夫人が老人を絞め殺したが、同時に刺された、と解釈された、と言うのだが最後の言葉が気になる、夫が殺したのではないか、と言う。

 東儀は、この事件を引き受けると共に、志賀博士等に相談し、これを機会に私立探偵を開業した。このときにふと結婚して9年になる妻嘉子との心の乖離にきづく。東儀は、一方で結婚前に交際があった節子のことを思い出す。彼女は、好意を東儀に示しながらある日突然永瀬貞治と結婚してしまった。

 ところが事務所を開設して、福山事件も解決せぬうちに新事件が持ち込まれた。なんと永瀬家当主貞治の殺人事件だった。布状のものによる絞殺だが、体中に近くにあった三本の刀で刺したと思われる傷があり、体全体を針金でまかれていた。中風で口のきけない父の部屋の金庫から債券類が無くなっていた。

 殺害時刻の関係者のアリバイが調べられた。運転手の牧山は、喫茶店とたまつき屋を行ったり来たりしていた、と主張したが、柱にかかった電気時計は任意に遅らせたり、進めたり出来ることが発見されアリバイが崩れる。しかも彼は、両親が銀行の倒産に絡み死んでおり、永瀬貞治に強い恨みを持っていたことが明らかになった。しかし彼は現場に言ったことを認めた物の殺人を頑強に否定した。東儀は、刀身についていた指紋が牧山の拇だけでつき方が不自然、東京駅に永瀬の荷物を引き取りに第三の人物が行っているなどから、牧山が犯人でないと断定する。

 死体についていた犬の毛が珍しいヨークシャア・テリアの毛だったことからその飼い主福山が浮かび上がった。しかも無くなった債権の一部が福山名義で変わっていた。ついに福山が逮捕され、永瀬をだまして老人の金を使い込んでいたが、殺したと犯行を自供した。さらに3年前の殺人も福山と夫人が共謀して老人を襲い、犯行後夫人を殺したらしいと推定された。

 事件は一件落着したが獄の中から福山が「自分は殺そうと思って現場に行ったがすでに殺されていた。東儀氏に是非もう一度調べてほしい。」とのたびたびの請求。もし福山が犯人でないとしたら、消去法で節子が犯人ではとも考える。

 しかし彼はもはや、何もしなかった。ところが妻の嘉子が左翼の小平と駆け落ち、その遺書からとんでもない真実が飛び出す。東儀は名声を得たが自分は折れた葦のようなものだと感じる。

 木々氏は甲賀氏と争って「探偵小説は文学である。」と主張したそうだ。その考えにふさわしくこの物語は一面から見ると探偵小説、しかし反対から見ると東儀とその妻嘉子の確執に重点をおいた文芸作品と読むことも出来る。
 犯人が二転、三転換、話は十分に面白く、トリックも充実していてすばらしい作品と思うが、最初の福山みち子の相談話が尻切れトンボになり、後半になってからやっと関係が分かる、というのはちょっと肩をすかされた感じだ。それと殺人の意志をもった三組の人間が同じ時間に押し寄せる、というのも不自然の感じを免れ得ないのではないか。

・犯人の最大の勝利は、アリバイの完全なことを努力するよりも、他人に罪をかぶせることを抜け目なくやるよりも、何よりその事件を過去の物にしてしまう・・・忘却のうちに放り込んでしまうことにあると思います。(218p)
・犯罪の再現=自然科学の実験と違うところは、再現された条件の方で規定されたんじゃなくて、心理の一致の方から、すなわち犯罪の動機の一致から来ているのです。=クイーン「ローマ劇場殺人事件」(220)
・電気時計(347p)
・ゴム印の人工指紋(378p)(1937.1-6 40)
991023