理由             宮部 みゆき


朝日新聞社ハードカバー

不動産の民事執行妨害を、おそらくは実話に若干のデフォルメを加えながら、詳しく書いたものらしい。
六月はじめ、雨の激しい晩、北千住に最近たてられた二十五階建てマンションの二十階2025号室から、男が飛びおりて絶命し、三人が部屋の中で殺された。当初、彼らは競売物件として買い取り、3年前に移り住んで来た小糸一家ではないか、と思われたが、実際は違った。一家は資金にゆきづまり、住宅が競売に付される直前に世逃げをし、悪質不動産屋早川から派遣された占有屋砂川一家が住んでいたらしかった。これらの情報すら、管理人が把握しておらず、近所の証言もあやふやと言うところに高級マンションにおける人間関係の希薄さが感じられる。さて、住人は車椅子の老婆、夫婦らしき中年カップル、二十歳くらいの息子とおぼしき人物・・・・。
ところが真実は、死んだ一家の主人砂川信夫だけは15年前、妻と母のもとを飛び出した本物だが、あとはどこかの女中だった女、特養施設からでてきたおばあさん、この小説の一方の主人公綾子の亭主候補だった八田など悲しい過去を持った者どものよせあつめ・・・・。
事件は買受人の石田と交渉し、立ちのき料を独り占めしようとした八田が、事件の発覚を怖れて三人を殺してしまった。そこに無責任に関係し、子供まで作らせた恋人の綾子が到着し、石田も加わってまた一騒動・・・・。
裁判所の競売物件は安いが、それだけに先住者と賃貸契約をした上、夜逃げさせ、占有屋を送り込み、立ち退き料を請求したり、再び安い価格で買い戻すような悪徳業者が後を絶たない。本書はそう言う意味で問題提起の書であり、また警告の書である。非常に生きた勉強にもなる作品で、人に薦めたく思った。
同時にこの本は新しい人物が登場する度に、その人間がどういう過去をもってその場に現れたか、その結果どういう思想の持ち主であるかをしつこいくらいに解説している。そして主として経済的な問題を通じて、家族が、家がどのようにして壊れて行くかを教えてくれる。
そういう経験をしている人間にとって
・ハリウッドの映画に出てくるようなすごい高層マンションで死んだ人間の人生が、元はと言えば舅が嫁に手を出したみたいな大時代的な事のせいでゆがめられていたなんて、実感が湧きませんよ(430p)
は実感であろう。
この言葉こそ、作者がまさにこの書で書きたかった思想ではないか。所詮、どんな格好良いものを建てても、そこに住み生活するのは生身の人間であり、その中にあるようようの物語が面白いのだと言い聞かせているようだ。

・マンション女性の話「以来、不用意な近所づきあいは一切するまいと、決めました。」(109p)
・住宅のクオリテイが上がれば上がるほど、入居者相互の交流の度合いが下がる傾向を持つ(113p)
・日本人の形成する現代のコミュニテイは、完全に「会社単位」なのだという現状・・・・女性達は「子供」を軸にしてコミュニテイを作るんです。(115p)
・強制執行としての競売、抵当権の実行としての競売(248p)
・第三者の賃借人を住まわせる・・・「三点セット」=対象物件の現況調査報告書(写真付き)」、不動産鑑定士による評価書、担当裁判官が最終的に作る物件明細書(256p)
・お父さん、お母さん、子供と揃って、それで初めて「家」というものになる・・・(295p)
・建物の格好良さに調子を合わせようとして、人間がおかしくなっちゃう(431p)
・人を人として存在させているのは「過去」なのだと気づいた。この「過去」は経歴や生活歴なんて表層的なものじゃない。「血」の流れだ。あなたはどこで生まれ誰に育てられたのか。誰と一緒に育ったのか。それが「過去」であり・・・・(480p)
・ある女が母になるに際して、資格審査をすることは出来ない。それが出来るのは、産み落とされた子供だけだ。(489p)
・だけど、なにより怖いのはそう言うこと(女の子と恋愛をすること)を一度も、かけらも
経験することなく歳をとっていくことかもしれない(495p)
・家のくびきから逃れ、一個の人間として自立するために努力し・・・一方ひたすらに血や親子のつながりの中に回帰しようとするのもまた「女」たちばかりだ。(498p)
・人間には「見る」というシンプルな動作は出来ないのだと行っていたことを思い出した。人間に出来るのは「観察する」「見下す」「評価する」「にらむ」「見つめる」など、何かしら意味のある目玉の動かし方だけであって・・・・(509p)
・インタビューはのべ40時間以上の長いものになった。・・・・作者の努力(529p)
・そう言う自分本位の人間は確実に増えている・・・親のことだって、便利な給料配達人と、住み込みのお手伝いさんくらいにしか思ってないんだものね。(569p)

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