新潮文庫
中国共産軍の策謀による蘆溝橋事件がきっかけとなって上海事変が始まった。
松竹で修行した団し山田妙子は、フリーのダンサーとなり、米国籍の夫リキー宮川と別れた。駆け落ちして大連で働くが、やがて上海にむかう。
陸軍砲兵和田忠七は影佐大尉にその商才を認められて、民間人となり上海で岩畔中佐の指示で衛生陶器の商売を起こし、ユダヤ人の動静を探るよう命ぜられる。
妙子はハロルド・ミルズに紹介されてユダヤ人バスコラから踊りの指導を受けるようになる。やがて芸名もマヌエラに決まり、上海ショービジネス界にデビュー。ドイツ人ジョー・ファーレンの経営する「ファーレンス」やユダヤ人カプラメンの経営する「アルゼンチナ」で活躍するようになった。
1928年頃、アムール河河北に移住したユダヤ人は、ソ連邦内独立を要求し始め、受け入れられないと見るや満州にその居住区を作るよう、日本政府に要求し始めていた。1940年、対日強硬策を唱えるルーズベルトが三選されたとき、日本軍部の一部は物理的にその排除を考え出した。ユダヤ人に満州の一部を居住区として与えること餌に、日本が後押しし、米国で彼らに暗殺させようというのである。これに連動して和田は、居住区のユダヤ人たちを軍事教練と称してしごき始める。
しかしこれらの動きは、ミルズ等を通してアメリカ側に次第に漏れていった。法を犯しているわけではないから、引っ張るわけにはゆかない。そこで共産軍テロ組織「藍衣社」を通して彼らの抹殺をはかる。一方事情を察知した日本軍監督下のテロ組織「七十六号」もまた動き始める。訓練していたユダヤ人が消え、和田の下にいた軍関係者が消え、計画の中止に追い込まれた。並行して日米開戦は避けがたいこととなっていった。
妙子のハリウッド行きが夢と消えてしまった。やがて真珠湾攻撃。ミルズ等関係者が次々と上海を去っていった。日本経由でドイツに送られたユダヤ人たちがガス室に送られたとの情報が入ってきた。和田の商売は盛んになって行くように見えた。初戦で日本有利に展開した太平洋戦争はミッドウエイ海戦が転機となった。和田と妙子が偶然に出会い、愛が芽生えて行く…・・。
資料がよく調べられており、太平洋戦争の裏面史を知る上でも参考になる。妙子と和田を中心に、歴史のうねりに翻弄される人間群像が非常に良く描かれており、物語としても抜群に面白い。
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(参考 2001/7/11毎日新聞記事)