新潮文庫
下町の古本屋田辺書店をまもるおじいちゃんと孫の稔君を中心にした短編集で、それぞれに本にちなむ話が出てくるところは面白い。学生の作文を思わせるやわらかな書き方から、現実的な決して甘くはない事件が起こってゆくところが魅力がある。
六月は名ばかりの月
(歯と爪・・・バリンジャー)
「姉が失踪した、結婚式の引き出物に「歯と爪」なる落書きがいつの間にか書かれていた、犯人は分かっている、私につきまとっていた鈴木洋次に違いないが証拠がない、手伝って欲しい」と新婚女性の要望。実際は財産を乗っ取ろうと姉をバラバラ死体にし、罪を鈴木になすりつけようとした若夫婦の犯行。引き出物の落書きは機能性塗料で書き、ドライアイスで冷えて発色するのを待ったものだった。
黙って逝った
(旗振りおじさんの日記)
年金暮らしの叔父が死んだので整理に出かけると、本棚には「旗振りおじさんの日記」なる
自費出版本がずらり。しかも著者は殺されていた。実はその本に引用した写真がある人物にとって都合が悪かった。そこで買い取りを求められたが、旗振りおじさんは惜しくなり、生前に自分の叔父にあずけたものだった。
詫びない年月
(法律の抜け穴事典、殺人術など)
柿崎家が取り壊されることになって、幽霊が出ると騒いでいたおじいさんが消えてしまった。
そして昔の防空壕の中から空襲で死んだと思われる母娘の死体。おじいさんと彼らの間に何があったのだろうか。ホームヘルパーの俊恵さんの描き方がなかなかいい。
うそつき喇叭
(うそつき喇叭)
田辺書店で「うそつき喇叭」なる童話を万引きしようとした少年は、腹をすかしており、体中が傷だらけだった。両親は「学校でいじめられているらしい。」と言い、先生は「両親が折檻したのではないか。」と言う。少年は何か隠しているに違いない、と推定したおじいちゃんは罠をしかけ、ついに絶対君主であるデモしか教師の担任の犯行を見破る。
歪んだ鏡
(赤ひげ診療たん・・・山本周五郎)
将来に何の夢もない女、久永由紀子は、電車の網棚で赤ひげ診療たんなる本を拾ったが、中から昭島司郎なる男の名刺が一枚。いろいろ想像するが、尋ねてみた結果は単なる宣伝とわかりがっくり。しかし彼女は小説の中にある男運の悪いおえいという女が、自分の産んだ子を育て上げる決心をし「男なんてものは、いつか壊れちまう車のようなものです。」という言葉に共感を覚える。昭島司郎は会社の金を使い込み心中してしまうが、それが機会となって由紀子は強く生きようと誓う。
淋しい狩人
(淋しい狩人・・・安達和郎)
失踪して12年になる作家の安達和郎の遺族に頼まれておじいちゃんは蔵書の整理を始める。そこに、未完の作品「淋しい狩人」を良く読みその続きを書いたと読者からの手紙と共に、小説の通りの殺人が次々に起こり、大騒ぎになる。死んだと思った安達氏がひょっこり現れ、釈明をする。夢をつぶされた孤独な若者が田辺書店へのなぐり込む。これに稔君と十歳年上の俳優の卵との恋がからんで・・・。