徳間文庫
推理小説という観点から見ると、非常に面白いプロットである。最初に一家三人惨殺と言う事件が起き、簡単に犯人が逮捕される。その後、なぜそのような殺害事件を起こしたかという見方で犯人、被害者の軌跡を描いている。
犯人の軌跡は、非常に良く描かれていると思うが、作者が手本にしたと思われるドストエフスキーの「罪と罰」と比べると、いつ捕まるかという恐怖が感じられない点がちょっと物足りない気がした。
東京大田区の閑静な住宅街で長原達吉、その後妻、実母の三人が惨殺された。警察は家の中に多額の現金が残されていたことから怨恨と断定、その後金を引き出した男を追い、被害者の親戚にあたる池谷幸雄を逮捕した。
しかしなぜあのような残虐な殺し方をしたのか。
明治時代、長原公示は、新潟県出雲崎で日本最初の油田を発掘し富豪になった。しかし親族が他界したため、娘の重子に達吉を養子として迎え、家を継がせた。その後達吉は後妻に秀子を迎え、悠々自適。一方本家筋の幸雄の方は満州からの引き上げ一家で困窮のどん底にあえいでいる。
画家志望の彼は、武蔵野美術専門学校に入る。しかし優秀な弟の犠牲となって達吉の元で五年働く。その後再度画家を目指すが、うまく行かない。清掃員、ビルの窓拭きなどを経て文子と結婚、文子の父の助けで損害保険代理店を開く。しかしふとしたきっかけで事業に失敗、来るか来ないか分からぬ遺産の生前贈与を求めて達吉のもとにあらわれる。
因業な達吉は頭から否定。本来なら自分にくるべき財産を奪い、自分の夢を奪い、いままたにべない達吉に、彼は押さえようもない殺意を抱いたのだった。
・あれはなんで読んだんだっけと、ラスコーリニコフは先へ歩みを運びながら考えた。あれはなんで読んだんだったかな。死刑を言い渡されたある男が、処刑の一時間前にこんな事を言ったか、考えたかした話だった。仮にどこかの高い崖の上に、それもやっと二本の足しかおけないくらいの、狭い場所で暮らさなければならず・・・深淵、大海原、永遠の闇、永遠の孤独と永遠の暴風雨などに囲まれて、・・・その二尺四方ほどの空地に立って、そのまま一生涯、千年も万年もそこにとどまっていなければならないとしても・・・今死ぬよりはそうやってでも生きていた方がましだ!ただ生きてさえいられれば、生きてさえいられれば、生きてさえいられればいい!たとえどんな生き方にもせよ、生きてさえいられれば!(罪と罰229p)
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