殺人鬼      浜尾 四郎

創元推理文庫 日本探偵小説全集5


 私、小川雅夫が、検事を突然やめて探偵業を開業した藤枝を訪れると、そこに秋川製紙社長だった秋川駿三の長女ひろ子が相談に来た。「私の父の秋川社長が脅迫状らしきものを受け取り、おびえ、すべての職をなげうって沈み込んでいる、心配だ。」
 秋川家には父駿三、母徳子、三人の娘ひろ子、異腹のさだ子、初江、駿太郎のほか執事の笹田、女中の佐田やす子等が一緒に住んでいる。そして第一の事件、徳子がさだ子が薬局でもらった薬を飲んだところ死んでしまった。昇汞であった。誰がすり替えたのか。藤枝が捜査を開始すると駿三の依頼で、有名な林田英三探偵も活動を開始した。
 ついで一瞬の隙をついて駿太郎と風邪薬を薬局に取りに行った佐田やす子の死体が発見された。前者は撲殺、後者は絞殺であった。
被疑者に佐田やす子の情夫が早川辰吉があがるが決め手がない。またさだ子の婚約者伊達正男も怪しまれる。二十年前山口県で秋川駿三夫婦は伊達捷平夫婦と一緒に事業をやっていたが、伊達夫婦が死亡したので、正男を引き取って育てたそうだ。その話が伏せられていたことに藤枝は疑問を抱く。捜査が遅々として進まぬ中、また殺人劇が起こった。初江がジョセフ・スミスの「風呂場の花嫁」式殺人よろしく溺死させられたのである。
ひろ子は、さだ子と伊達正男の犯行で、林田がひろ子を何かの理由でかばっていると考える。二人が一緒の部屋にいるときに事件がおこっている。伊達は何か秋川家に恨みを持っているのではないか、さだ子は徳子の子ではなく、遺産の独り占めを狙っているのではないか等が動機だ。しかし警察はひろ子が犯人という可能性もあると考え、取り調べる。それらを横目に、藤枝は山口に足を運び、昔の事件の調査を行い、原因はそれだとして、駿三に真実の暴露を求める。ところが一瞬の隙に駿三が撲殺されてしまった。
 こうした中、秋川駿三と伊達の母の姦通劇と、それに復讐しようとした正男の叔母里村千代の存在が明らかになる。しかし千代は正男をかばって毒をあおる。ところがそこにもう一人秋川家を怨む強力な男が彼らをけしかけ、実行者として存在していた。さらにその実行者をも復讐の道具として使っていた伊達捷夫の意志とは・・・。後半の盛り上げが非常にうまく行っていて楽しめる作品に成っている。

 全体の構成はお手本にしたグリーン家殺人事件と同様の一家皆殺しを狙った殺人劇。殺人鬼のアダが、伊達や叔母に見せながら実は別の人物というところが変わっている。作者は探偵小説の本道の公式はA犯罪の発見、B被疑者の拘引、C名探偵の登場、D非常に理論的な推理に基づく捜査開始 E最後にその結果としての真犯人暴露であると主張しているという。その意味でこの作品は、「アクロイド殺人事件」的結論ではあるが、本格的謎解き公式に乗っ取った作品という事が出来る。ただ動機が二十年前だの四十年前だのの三角関係の復讐と言われると、なにかドイルの長編でも読む思いでそこまでやるか、という気はする。面白さはどちらかと言われると・・・・うーん、難しい!

・ジョン・テニスンの「殺人およびその動機」・・・・外面如菩薩内心如夜叉(514p)
・風呂場の花嫁睡眠薬を飲ませ、風呂場で眠らせた後、足を引っ張り上げて溺死させるもの。(565p)
・妻を寝取られた男は子に復讐を託す。しかしこれは錯誤。男にとって子は愛人の子で憎むべき相手なのかもしれない。(675p)
・この殺人交響楽の第一のテーマが「恋する女性の心理を利用する」というものであるとすれば、第二の主題は「劇薬のすりかえ」なんだ。(709p)
・人の子には父母あり。然れどもその父母を知るよしもなし。(742p)
・昇汞(広辞苑より)塩化水銀(塩化第二水銀)。化学式 HgCl2  無色柱状の結晶。水にはやや溶ける。猛毒。硫酸水銀食塩との混合物を熱してつくる。消毒剤・木材の防腐剤などに用いる。(1931.4-12 35)
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