殺意の断崖(神崎省吾事件簿)     高橋 治


文春文庫

神崎は静岡県警を警部補で終わり、引退した元刑事。硬骨漢で、薄暗い路地で寄り添っている男女を見ると水をぶっかけ、カナブンの交尾を見て腹をたてるような男だ。妻園子、娘千鶴子、つつじとつりが趣味で元同僚の吉中と気が合う。
この短編集の特色はあくまでこの神崎を中心に物語が進んでいる事である。下積み警察官の私生活を交えたストーリーとなると案外少ないように思う。神崎を中心とする登場人物の人生のヒダのようなものが感じられるところが、この作品の最大の魅力と言えようか。
作り直した顔
その女が山崎美也子と思いついた瞬間、神崎は今あった男と8年前の事件を思い出した。龍野幸一が、コールガール山崎美也子のヒモの暴力団員、佐川八郎を刺した事件だった。逮捕された龍野は理由を言わなかったが、県警から出向いた神崎の「なあ、お前のその顔、整形だな。」で観念、歌手の御園生辰也であることを自供した。
椿の入墨
釣り舟の中で、吉中が後輩の伊丹の仲人を頼んできた。ところが相手は吉中と伊丹で解決した新居署警官刺殺事件で、克道会会長道上克己が情婦にしようとねらった笠井清美。しかも股に椿の入墨をし、刑務所に入っている男を待っているという。良い娘だが、神崎は警察官の妻としてとんでもない、と断る。しかし、清美の「一度、問題のあったあった人間には、もう二度とチャンスは頂けないのでしょうか。」の言葉が気にかかり、清美の身の上を聞き、刑務所にいるその男松沢健三が親の仇を討った男と知って、とうとう助ける気になる。しかし松沢が出所して話もついたその直後に事件が起こった。
身内の敵
神崎夫妻等は伊豆への旅行の帰り、とある植木屋によったが、突然吉中が「野郎、何食わぬ顔をして、こんなところにいやがったのか。」とうめく。10年前、保険勧誘員をしていた松沢とし子が松崎の海岸線近くの薮の中で白骨死体となって見つかった事件で、被害者と愛人関係にあり、金銭トラブルもあった静岡県警巡査部長生駒洋二が逮捕された。しかし警官の手の内を知った生駒はしぶとく、事件当日下田におり、日記もそれを裏付けていたから、起訴できなかった。しかし神崎は、生駒の趣味が釣り、松崎の磯釣りコンクールで釣った魚の計量が下田で行われると知り、アリバイ崩しを思いついた。
鉄砲ダマ
山口組と一和会の抗争に関連し、本部勤めとなった伊丹が、神崎に昔の事件を聞きに来た。高松で暴力団香親会に入った辰巳は、兄貴の女と逃げたが、女は静岡松富士組伊佐山に走る。追いかけるが半殺しにされ、やがて一和会系暴力団静波一家の白井の元に走る。そしてまもなく、白井をかばって伊佐早をぶった切ったと自首してきた。そして4年、刑期を終え、地元幹部に帰り咲いた辰巳は、今回の抗争で再び静岡に出てきているという。伊丹は、神崎の情報を元に辰巳を追い、山口組系暴力団駿東組組長吉田千里を狙撃しようとしたところに組み付いたが撃たれてしまった。しかしこれが縁で伊丹と清美とのわだかまりが取れたらしい。
鉄棒の怪 
神崎を尊敬する山本勘市警視正が訪れた。昭和23年に大須田村で起きた川原隆二一家惨殺事件の再調査である。川添源吾がばくちの金に困って、共犯二人と殺害し、死体を埋めたと自供。その死体が証言どおり見つかったが、裁判で証言を覆した。ところが証拠となる川添の書いた地図が出なかったし、漢方薬のブクリョウ探しに使われる鉄棒が死体発掘場所に刺してあったから、でっちあげの可能性がでて無罪になってしまった。ところが山本が調べるとあの晩女の悲鳴を聞いたとの証言者が出た上、地図は実はあったのだが、警察官が書き込みを入れたため裁判で提出できなかった、というのだ。
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