スキャンダル 遠藤 周作


新潮文庫

キリスト教作家の勝呂は、自作の授賞式で「先生の肖像」を描いたと見知らぬ女に絡まれた。同じ頃、勝呂が歌舞伎町の覗き部屋や六本木のSMクラブに出現している、との噂が流れた。一方で、勝呂は、ふとした縁で少女森田ミツと出会い、関節炎で不自由な妻のお手伝いとして雇った。
あの見知らぬ女の個展に行くと、下品でいやらしく淫らな自分の肖像がかかっていた。覚えはない。受付の女は成瀬夫人といい、病院でヴォランテイア活動をしていると言う。二人だけになると、彼女は「先生の作品は、性を避けている。私が亡くなった主人と結びついていたのは性を通してです。」と意外なことを言う。雑誌社の栗本と肖像の作者を探しに行くと自分にウリ二つの男がいるらしいことが分かった。
一方ルポライターの小針は「きれいなことしか書かぬ」キリスト教作家の仮面をはいでやろうと、肖像を描いた糸井素子を発見、彼女の口から勝呂の趣味を聞き出す。サイン会を通じて勝呂に接触を始める。ヴィデオフィルムを見ながら対決するが、決定的証拠は挙がらない。
成瀬夫人から手紙がきた。「亡くなった夫は表面やさしかったが、ふとした機会に中国で、平気で女子供を虐殺したと知った。しかしその時私は、夫に積極的に抱かれ、なんとも言えぬ愛情を感じたのです。夫が死んだ後、素子は、夫が与えてくれたのと同じ喜びを与えてくれた。激しい陶酔の中、彼女は「このまま死にたい。」と叫び私は「死になさい。」と申します。しかし子供に接する時には別の私が現れるのです。」
二重人格というのがあるのだろうか。同じ時間に一人の人間が二個所に現れることがあるのだろうか。勝呂の中で謎は深まって行った。心理学者東野との共同講演会で、出入り口の側にあの自分にウリ二つのいやらしい男がいるのを見つけ気を失う。妻と九州旅行を終えて帰ってきた勝呂を待っていたのは、あの素子の自殺だった。しかも成瀬夫人に聞くと、「私は彼女の自殺を知っていたが止めなかった。」という。そこに勝呂は悪を見た。
仕事場のホテルで熱を出しふせっていると、あのミツがかいがいしく看護してくれた。意識下の何かが蠢くのを私は感じた。
成瀬夫人が「あなたの偽者にあわせてあげる。」と申し入れてくる。出かけて行き、覗き部屋をみるような不格好なスタイルで眺めると、裸のミツがふせっていた。ミツは成瀬夫人の愛撫で次第に興奮してきたらしい。夫人が去ると、突然ミツの後ろから黒い陰、いつのまにか勝呂は陰に自分自身がなり切って、ミツの体に迫って行く。忘我の状態をすごして、ミツと一緒に外に出ると小針のフラッシュが光った。
出版社が小針の持ち込んだ写真を買い取り、処分してくれた。ミツも成瀬夫人も勝呂の前から消えた。

スキャンダルを通して老いの下に潜む人間の欲望を描いた書ということが出来ようか。何よりも作者が自分自身と正面から向き合い、逃げずに、ごまかさずに対峙しているところが素晴らしい。文章も貧があり、自然体でのびやか、こういう風に私も書けたら、と思った。ミステリーとしては、自分そっくりの男が幽体離脱のように分身なのか、それとも存在するのか、幻影なのか、それすら謎のまま残している。物語自体がミステリー??

・ 性が、その人間の一番、奥の秘密をあらわすとおっしゃいましたね。(104p)
・ 我々はこの社会で生活するためにさまざまな欲望や本能を心の底に毎日、抑圧していますが、それが溜まっている心の領域があります。いわゆる無意識の領域です。・正確に言えばどんな罪でも無意識と何らかのつながりがあると思うのです。(114−5p)
・ フロムという学者が、人間を二つ型に分けています。建設的な統一や調和を好むバイフォリア型と自己破滅や下降おちて行く傾向のあるネクロフィリア的人間(162p)
・ 赤ん坊の産声は我々が勝手に考えるような誕生の悦びではなくて・実は恐怖の声だと言っていい。(167p)
・ 何よりも人間を描くこと、それが作家であるものの第一の目的です。(167p)
・ 激情はどうして起きるのでしょう。激情はどうしてあれほどの快感を味あわせるのでしょう。わたくしは道徳では押さえ切れぬ、説明出来ぬ、すさまじい力がかくれているような気がして。(227p)
・ しかしこの冬、死の足音を少しづつ聴くようになると、老いがどういうものかはっきりと知った。老いとは不惑でも澄み切ったものでも円熟でもなく、少なくとも僕には醜悪で悪夢のようなイメージであらわれて来た。(278p)
参考 夢野久作「ドグラ・マグラ
遠藤周作「海と毒薬
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