徳間文庫
木曽山脈経ケ岳から流れる横川は天竜川に注いでいるが、経文村はその川沿いにある僻地であった。村の外れにある地蔵が盗まれ、越路武平が探しに行くことになった。武平は妻を何年か前に亡くし、七人いた子も東京の司法研修所で研修している津恵以外の六人は、早死にしてしまった。武平は出掛けに村境の修羅の峠にある十王像に別れをつげた。十王像は亡者を裁く十人の王だが、不思議なことにみな閻魔王のように怒っており、地蔵がなく、しかも一体だけ現代人の顔をしていた。これらの像は明治期高遠に出、各地を流浪して歩いた乞食の権治が彫った、とされている。
武平は、行く先々で地蔵の事、および十王像の拓本をみせ権治の事を聞いて回った。ところが横浜山下町で寺尾骨董店を訪れ追い返された後、得体の知れぬ男たちに叩かれ「妙な真似は止めろ!さもないと死ぬことになるぞ。」と脅された。津恵が寺尾を捕らえさせ叩くが、どうやら彼とは別人の仕業らしい。しかも村に戻ろうとした武平は、あの十王像前で本当に殺されてしまった。あの拓本が盗まれていた。津恵はお父うの仇をとろうと決心する。県警の五堂平馬がいっしょに動く。
拓本は他に二部あったが、いづれも盗まれていた。見えざる敵は、東北の石工に修羅近くの石を使って、十王像のうちの現代人を彫らせたらしかった。しかし石工夫妻は惨殺されていた。その上、津恵は、父供養のための灯篭流しの夜など、二度に渉って襲われる。権治の日記もあったが流出しており、関係者は殺されていた。敵は証拠を徹底的に隠滅する一方、今や防御の牙をむき出しにしていた。
しかし日記の一部をたまたま関係者が所持していたこと、当時の新聞記者の話から、あの十王像にまつわる事件が明らかになった。大正二年、陸軍歩兵第五十五連隊が高遠に駐留したが、訓練中に滝沢家に実弾が落ち、一家四人が全滅するという事件起きた。連隊長海野英輔は、長州出身で時の桂太郎に愛されたが、異常性格者だった。女の事で滝沢家に恨みを持っていたのだ。しかし事件はうやむやにされ、関係者の権治は、事件に対する怒りを込めて十王像を彫ったのだ。海野英輔の孫は次期総理を狙う保守党の領袖海野英之だった!先祖の悪が暴かれては困る!彼らは組織として動いている!
彼らが動いている背景には、何かまだ分からぬ彼らが不安に思う資料があるはずだ。拓本のかっての所持者が、十王像に書かれたしったん文字を記録していた。暗号解読学者がそれを解くと奇妙な文章が浮かび上がった。いよいよ結論が出るか・・・・
しかしこの小説は奇妙な終わり方をしている。津恵と五堂は敵と最後の対決をする。五人のうち二人を倒すが、残り三人については記述されていない。背景の海野英之も次期総理出馬はあきらめるものの、事件が上層部の預かりとなり、事件の責任はうやむやになってしまう。そう言えば暗号解読もずいぶん大雑把だ。しったん文字から得られた49字を麻雀牌のようにかき混ぜるとあの答えが出てくるというのだが、よく分からない。しかも三日月の中央に出来た点に何かあるらしいのだが、その場所の探検も書かれていない。武平の苦労話など、前半が充実していただけに何だかはぐらかせれたようだ。ストーリーとは別に地蔵菩薩のことのみを書きたかったのだろうか。
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