徳間文庫
アパート光風荘で、日南化成守衛安高恭二が、青酸入りのウイスキーを飲んで死んでいた。彼はしばらく前まで西国石油の廃棄物輸送船船長をしていたが、精神を病み、同社技術部公害課長青江忠則の紹介でこちらに勤めることになったと言う。死体は顔面を輸送船船長時代に得たケロイドがおおい、凄惨だった。
その前日、公害四課の松前真吾を大学時代の同級生秋宗修が尋ねてきた。秋宗は商社に勤めた後、故郷に戻り漁師をしているはずだった。しかし会ってみるとやせこけ、足取りもおぼつかなく渡された名刺の裏には「秋宗修は精神に異常を来している云々」と書かれてあった。「青い、水を、持ってきた。」とどもりながら口を開き、サンプル採取用の小瓶をおいていった。
日本の高度成長ブームに乗り、四国坂出市番の州に西国石油が進出する話が持ち上がった。、岩根磯に漁業権を持つ秋宗の父等が反対したが、結局漁師の安高恭二が中心になり、漁業権喪失に対する補償金をとり、受け入れた。安高は一段落すると、西国石油に就職したのである。一方秋宗はオヤジの後を受け継ぎ、鰡漁に懸けたが、妨害され失敗した。さらに章魚の養殖もある朝、章魚がすべて死滅して失敗に終わった。秋宗は、証拠はないがすべて安高の妨害のためと考えた。
こうした過去の経過から秋宗が安高殺害容疑で逮捕された。しかし中岡刑事と松前真吾は秋宗犯人説に疑問を呈し、それぞれの方法で現地調査を始める。やがて西国石油の廃棄物不法投棄問題、企業横暴、青江のセックスマニアックぶり、どろどろした人間関係などが次第に明らかになり、終盤に向かって行く。
非常にトリックのさえている作品であると思う。「安楽死」や「君よ憤怒の河を渉れ」のトリックも良いがこちらも素晴らしい。
トリックの第一は、安高恭二の死の問題である。彼は死のしばらく前にほとんど失明し、勃起不能になっていた。彼はいつも隣室に頭を向けて寝ていたが、その隣室を最近契約していた男は偽名で契約しており、事件後姿を消していた。頭が向いていたあたりの隣室には茶羽ゴキブリの死骸が沢山あり、しかも地下からは羽根ありの死骸が沢山見つかった。実は犯人はハンド・レントゲンを用いてX線を長時間照射した。それでも秋宗が自殺したりしなかったのでウイスキーを飲もうと誘い殺した、というのだ。ハンド・レントゲンで隣室の男にこれだけの危害が加えられるのかどうかは分からない。
トリックの第二はロマンチックな青い水問題である。章魚の死滅しは、汚染が進み海の底に透明な無酸素水層が生じた。これが汐の流れで章魚を襲った、と言うがそのようなものができるのかどうか、良く分からない。
トリックの第三は犯人が事件当日の新聞をそのころ近所の主婦に見せている点だ。数日先の新聞が手に入るか、というところだが、日曜日の娯楽版などは新聞社は五日も前に刷っていると知って驚いた。
この作品は瀬戸内海の汚染と言う公害問題摘発の書としても優れている。特に漁師仲間で漁業権の放棄でもめるところは、現実を良く捉えていると思う。海の汚染と言うと水上勉の「海の牙」を思い出すが、物語と言う点ではこちらの方が面白い。
・ふつうわれわれは精神障害を大きくは三つに分けています。一つは身体的病変のあきらかなもので、麻蘂中毒やアルコール中毒などの中毒精神病に、進行麻輝、脳動脈硬化症、脳外傷、老年痴呆などのいわゆる器質精神病です。これには内科疾患による症状精神病も含みます。二つ目は、分裂症や躁鬱病で、身体的病変があると思われる精神病です。三番目が、精神薄弱や性欲倒錯、性格異常、または異常体験による心因反応などの精神的素質の偏ったものです。(48p)
・セリエという学者の説では、ある種族、ことに鼠の異常繁殖がつづいて大群団が出現すると、群れを潰滅する負の作用が働き、ホルモンが不足して集団を狂気に追いやり、共喰いから集団自殺に到らしめるという。スカンジナビァ半島の森で三、四年目ごとに大繁殖するレミンという鼠は、その集団の狂気に動かされて何千万という鼠が西へ西へ進み、ついにはノルウェー西岸から大西洋に入って死んでしまう。わが国でも天保八年の大飢饉に長野県下で大繁殖した数干万の鼠群が山や林を丸裸にした上、小黒川に入水して一匹残らず集団自殺をとげた例がある。(87p)
・ 市民連合への批判=市民連合と来たら、欲ぼけにぼけるなとの態度じゃった。あの連中のしたり顔がわしは好かん。自分とこの周りにゃ原子力発電も火電も石油も、ゴミ焼き場も一切来るな言うくせに、停電になりゃ損害を補償せい、灯油やガソリンがのうなれア、国の責任じゃと言う。(96p)
・ ルビーを用いたレーザ光線(289p)
・ 海洋汚染防止法が出来てからよけい廃棄物が増えたと言う。これまでの港則法では、港にちりとりのごみを捨てると五千円の罰金だったのが、海洋汚染防止法では生活廃棄物は捨ててお構いなし。(342p)
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