角川文庫
イラストレーターとして成功した明神比奈子は、二十年ぶりに遺産相続した古い家を処分するために故郷高知県矢狗村を訪れた。同級生の秋沢文也は、村の役場に勤める傍ら、郷土史の研究に没頭していた。文也を慕っていた日浦沙代里は、亡くなったという。三人でよく逆川の上流にある本来行ってはいけないはずの神の谷に行き、遊んだものだった。
驚いた事に、沙代里の母でよりましの照子は、黄泉の国から彼女を呼び戻すべく禁断の逆打ちを行っているという。四国八十八ヶ所の霊場を、死者の歳の数だけ逆に巡ると、死者が甦るとのこと。そして植物人間になったその夫康隆は、以前に四国は死国、神の谷に宿る死者の霊を押さえ込んでおかなければいけない、という論文を書いていた。
そんな中、比奈子は、次第に文也を慕うようになる。東京から追いかけてきた恋人沢田透も追い返してしまう。しかし二人が愛し合うとき、彼女はあの沙代里らしい女性が、自分を見つめているのを感じる。
台風の近づいて来たある日、何かつかれたような様子の文也の車に乗り込み、二人は石鎚山に登って行く。四国の男の伝統に従って、遍路巡りをしている仙頭直郎も、「石鎚が汚されようとしている。」と感じ、山を登り始める。頂上、突然のもや、もやが次第に形を取り始め、若い沙代里になって行く。「文也さんは私のものだ。誰にも渡しはしない。」
山が揺れ、危険を感じた比奈子は、直郎に勧められて、山を下りかけ、足を滑らせる。気がつくと神の谷。
日本の古代伝承と四国の土俗民話をうまく絡ませた不思議なロマン。作者の処女作品で、後に書かれた「山姥」や「桃色浄土」などに較べると物語性は少ない。しかしその不思議ぶりは、泉鏡花の世界を思わせ、女性心理の細かな描写と相まって独特の味わいがある。
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