死の泉            皆川 博子


早川書房ハードカバー

ギュンター・フォン・フュルステンベルグなる人物が執筆し、邦訳したという形を取っている。ナチスの時代、SS最高指導者ヒムラーの発案により、ドイツ各地には<生命の泉>なる施設が設けられていた。純粋なアーリア人を増やすために、各地から女が集められ、子供を作らせ、養子を望むSSの家庭に引き取らせるところである。1943年空襲等で身寄りの亡くなったオーストリア片田舎のマルガレーテが、ミュンヘン郊外シュトラスラッハの郊外にある<生命の泉>に入所してくるが、彼女は所長のヴェッセルマンに気に入られ、結婚し、優雅な生活を約束される。
医者のヴェッセルマンはフランツ、エーリヒを養子にし、これに彼女の生んだミヒャエルが加わる。彼は永遠の命とを信じ、古い肉体に新しい肉体をくっつける実験、幼児時代の美しい声を持ち続けさせるため、カストラートと呼ばれる性転換手術を施すなど奇矯な実験を繰り返している。戦局の悪化と共にオーバーザルツブルグの古城に引っ越すが、やがてベルリンに攻め入った連合軍はヒトラーを倒し、進行してきた。ついにヴェッセルマンの館も襲われ、一家は逃げ出すがフランツ、エーリッヒを置き去りにする。
14年後、大道芸人をしながら、ミュンヘンの極右組織に参加していたフランツとエーリッヒは、アメリカに亡命していたヴェッセルマンが戻ったことを知り、復讐を誓う。一方ヴェッセルマンは、かってのマルガリーテの恋人ギュンターから、かって自分が疎開していたオーバーザルツブルグの古城を買い入れることにすると共に、かっているドーベルマンにギュンターを襲わせ、自陣営に引き入れようとする。
第三部は、その岩塩の地底湖につながる古城を舞台に展開する復讐劇。時折、あまりの運命の過酷さに気の狂ったマルガリータの追憶と、ヴェッセルマンがかって<生命の泉>で無資格看護婦にうませたゲルトとその所属する群狼一派の話が入り、複雑な地獄絵を呈しなが終幕へ・・・。
選ばれた題材が良く、十分に下調べと考証が行なわれた上で、物語が構築され、素晴らしい作品と思う。ただ推理小説というジャンルに属すべき作品ではないのかもしれず、なにか壮大な叙事詩という感じ。

・一週間あたりラード五十グラム、肉百二十五グラム。それらを合法的に入手するためには、骨に薄皮をはっただけの死体の山、米兵に弱々しく手をふるミイラのような収容者たち、灰の詰まった焼却炉の、粒子の粗い映像を、見なくてはならなかった。占領軍が期待した罪悪感や懺悔は生ぜず、それらの映像は、彼を含め、多くのものを呆然とさせただけであった。
彼の体験した戦争とは、あまりにかけ離れていた。他人の反吐に無理矢理はなをつっこまされたように感じた。(205P)
・戦争中のすべてを、ヒトラーという忌まわしい名のらんるとして脱ぎ捨て、まるで、無垢の魂のみが戦火の痛手の中から立ち上がろうとしているのだと、世界に対してのアリバイ作りにせいを出しているような戦後。(207P)
・戦勝国の戦死者は英雄で、敗れた国の死傷者は犯罪人か。(207P)
・キリストの架刑とそれを悲しむマリアに対して、同情やら共感を持ったことはなかった。キリストに殉じて酷刑を受け惨死したものの母親は無数にいる。なぜ、マリアばかりが称揚される。(235P)
・カストラート、男性ソプラニスト(271P)カウンターテナー(425P)
・ニュンルンベルグ裁判や戦後の出版物で明らかになった数々の事実。絶滅収容所の発案者も推進者も、収容者を研究の材料にした医師たちも、狂人ではなかった。(299P)
・熱心に元ナチ元SSの科学者を捜し出しては米本国の研究所に送った。アメリカは多分、ドイツ以外で一番ナチに愛を注いだ国家だ。(358P)