文芸春秋
国立A大学医学部助教授上原健治は、スキャンダルでも発生しなければ、あと半年ほどで教授選により第三内科教授になると見なされていた。その上原のもとに関係の深い久保木記念病院婦長谷山智子から気になる手紙が届いた。
「昨年9月直江康則院長が心臓発作を起こして突然亡くなくなられました。普段の健康状態からは考えられないことです。院長は生前わたしに「今頃になって、二十年前の医療過誤の慰謝料を要求してきた」とともらされました。二十年前の医療過誤というと、ただ一つ上原先生が関係されたあのことしかかんがえられません。ぜひあってご相談したいのです。」
二十年前久保木記念病院。患者は尿管結石だった。腎盂造影というレントゲン検査をする前に、ウログラフィンという造影剤の過敏性テストをするが、その時に大橋真美という看護婦が注射液を間違えた。ペニシリンだった。ところが患者はたまたまペニシリン禁忌患者で、十五分ほどで亡くなってしまった。間違えた上原は、正直に家族に打ち明けようとも考えたが、院長の直江が「今、こんな問題を起こしたらこの病院はたち行かなくなってしまう。心筋梗塞で死んだことにしよう。」と主張。方針が決定された。
知っているのはわずかに4人。直江、上原、看護婦の大橋、そして婦長の谷山だ。普通なら発覚するはずがない。上原は患者で私立探偵の熊井に調査を依頼した。同時に上原も直江の娘でかっては結婚も考えた佳代子などに事情を聞き始める。日記から、直江が脅迫された上4000万円を脅し取られていたことが判明した。
谷山が自転車で走行中交通事故に遭い、病院にかつぎ込まれたが、夜半突然直江と同じように心臓発作を起こして死亡した。ついに上原の自宅にも脅迫状が届いた。大橋真美名義の口座に5000万円振り込め。ところが熊谷の捜査では、大橋はすでに10年前に亡くなっている!それなら脅迫者はだれなのだ。谷山の血液からは心臓発作をおこすイソプロテレノール、アドレナリン、それに睡眠薬が検出された。直江も谷山も殺されたのではないのか!
大橋の克明な日記をつけていた。それを犯人たちが利用しているのだ。その日記は4人組のさらなるおぞましい行動を記録していた。尿管結石は簡単に治ると言ってしまった手前、病院側は患者がすぐに死んだ事にはできなかった。冷たくなった体に、上原と大橋は人工呼吸を続けるなどの演技をして、1日以上家族に生きているように見せかけていたのだ!
やがて上原と熊井の調査で犯人が判明する。しかし事を公にして、名誉が傷つけられることを恐れて上原は5000万円を払う。さらに遺族に謝罪する。大橋の日記は回収され、事件は解決。しかしおさまらない者がいた!
文章が、非常に安定していてわかりやすい。病院内の有様、医療過誤に至る経緯、過去の罪におびえる主人公たちが脅迫者に追いつめられて行く恐怖感、いづれもがリアルに、迫力をもって描かれている。ただ推理小説として考えると、解決のポイントが日記や手紙にほとんど頼っているところが気になった。密室殺人解決の面白さがもう少し強調されても良かったのではないか。
もう一つ、読みながら作者はどういうエンデイングにするのか最後まで分からなかった。上原の罪が最後に公になりそうな予感を与えて終わる、というところに作者の良心のようなものを感じた。
000126