神鳥(イビス)     篠田 節子


集英社文庫

夕暮れの空を背景に八羽の朱鷺が舞い下りてくる。その足元にあるのは、おびただしい数の牡丹の花だ。「朱鷺飛来図」の作者河野珠枝は、明治初期、洋画の技法を用いながら、洋画の精神まではみずからの絵に持ち込めず、二十七歳で凄惨な死をとげるまでに驚くほど沢山の花鳥画を残した。
イラストレーター谷口葉子は、三十を少し過ぎた独身女性、いまだに叔母の家に居候している。編集者を通じ、美鈴慶一郎という若手ハイパーバイオレンス作家が、作品のカバーに「朱鷺飛来図」を使ってイラストレーションを作成して欲しいと依頼してきた。
原画の写真を使って制作していたところ、美鈴からの電話で面会、絵の足跡を求めて新潟から佐渡まで行くことになった。つい最近金田史子という女流監督が河野珠枝の生涯をどぎつい映画に仕立て、その後自殺している点も気になった。しかし佐渡で分かったのは、今は絶滅寸前の朱鷺の生態とあの絵の恐ろしさくらいで、秘密は明治の初めには多くの朱鷺が生息していたという奥多摩の廃村富沢村にあることが分かった。あの絵の色を無視して、細かい点を凝視すると、朱鷺に襲われ、内蔵までも食われ、逃げ惑っている人間たちの姿が浮かび上がるのだ。
二人は奥多摩を訪ねるが、突然時空を超えて明治初期の富沢村に入り込んでしまう。そこでは雪が舞い、おどろおどろしい朱鷺を祭る神社があり、朱鷺が木の枝に群れを作っている。そして食物がないのか人を集団で襲うのである。長いくちばしと鋭いつめで遅い、人の内蔵を食らうのである。「朱鷺飛来図」は想像ではなく、実際河野珠枝が見たそのままの世界だったのだ。二人の必至の時空を超えた脱出行が始まる。

美しいものは恐くなければならない。恐いものは美しくなければならない。解説(星敬)は初版のキャッチコピーがこの作品の物語の実状をストレートに表現しているという。イラストレーターとバイオレンス作家という当たり前の二人が、この絵の地獄絵図が明らかになった以降、急速に異形の世界に飲み込まれ、奥多摩で奇異な体験するところがこの書の魅力と言えようか。確かに「トワイライトゾーン」さながらのすごさで独特の世界を作り出している。
ただ、どうも現実主義者の私はタイムスリップになじめず、ついて行けないと感じた。むしろそうした経験を共有した男女が最後は女性主導で結ばれる、というほうに妙に興味を感じた。
(1993 38歳)


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