潮もかなひぬ         赤瀬川 隼


文春文庫

 久しぶりに同窓会に出席したフリー記者の由布匠一は、荒木田津子と話し合い、彼女の祖父で商社マンの荒巻潮が、戦時中特高に拉致され、それが元で早死にしたことを知った。彼は全くの無実だったが、なぜ引っ張られたのか、彼女に真相解明を依頼される。死に際に彼は「万葉集が命をちじめた、人麻呂と心中だ。」などと言っていたという。
 彼は、資料も知り合いもほとんどない段階から丹念に調査を始める。社内の讒言か、あるいは韓国に行っていたことかなど検討した末、ついに万葉集を研究し、詩句の新しい解釈をしたからではないかと考えるに至った。

 この作品の主題はこの万葉集の謎解きが主体。従来の解釈は、日本人が作ったもので漢字文を無理に読み下し、地名は日本の各所に当てはめて解釈している。しかし韓国では中国伝来の漢字文化が強くいきており、それらから日本語になったものが多い。そこで万葉集の漢字文を韓国語で読み、その意味をたどると新しい解釈が出来るものが多い。
 新解釈によればそのころ日本の宮廷は新羅派が支配していたが、覇権をとった百済派の天智天皇は都を近江に移した。そこに白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗れ、日本に追放された百済の面々が合流した。柿元人麻呂などもその一員で、新解釈によると、歌の多くは葬送の歌、故郷の扶余の都を思う歌などだというのだ。

 日本人の祖先を朝鮮人にしかねない解釈が、当時の日本にとっては危険だったため、逮捕され拷問を受けたが、証拠がはっきりしなかったため帰されたらしい。最後に額縁の裏に書いてあった、謎の文章を頼りに楓の木の元を掘ると潮の論文があらわれる。
 半ば論文のような漢字の歴史解釈小説。由布と田津子の中年の恋が花を添えている。

・「(万葉時代は)みんな、どこかちょっとこぼれていたんじゃないかと。それこそさっきの、日本海人」
「わかりました。国と国との勢力争いが激しくなると、こぼれたところがあってはまずい。」(81p)
・昔、日本は三韓と同種なりと云うことのありし、かの書をば、桓武の御代に焼き捨てられしなり。」・・・・半島のくびきを逃れて「日本」を作るこころみ。(208p)
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