角川文庫
元禄時代から続く京都のお香の老舗香華堂の道楽息子酒井賢一は競馬に狂い、街の金融業者からの借金はいつしか七千万円に膨らんでいた。この業者「興銀」社長三輪は、名うての悪で「悪知恵の輪」と呼ばれ、密かに京都四条の目抜きにある時価十億円を越える店舗の土地をねらっていた。とうとう三輪は賢一に2枚の白地手形を書かせることに成功し、それぞれに7500万円近くの金額を書き入れ、市場にまわした。
香華堂は当年67才の佳一郎社長に跡継ぎにと迎えた賢一、長女の婿井沢隆義、次女の婿小野敏三が経営陣、この事態に驚き経営コンサルタントの福島に相談すると、有力者西園寺公成を紹介された。西園寺は料亭で興銀の親会社山城銀行から圧力をかけて解決する、と約束し、佳一郎から5枚の白地手形を騙し取る。やがて福島も西園寺もいなくなった。
若手イソ弁の日下文雄が相談を受けた。西園寺は仲間内では公爵と呼ばれ、警視庁でも追っている名うてのパクリ屋小原岩男であると分かった。示談で話がつかないとなると、警察に福山を捜させる一方、関西ルートについて日下は三輪を告発し、東京ルートは完全なパクリせあるから佳一郎名義で告訴した。
手形訴訟というのは証拠に制限をつけ、一回か2回で終わる。負けると不渡りを避けるために、こちらは異議申し立てを行い、手形交換所に手形金と同額の異議申立提供金を預ける。仮執行宣言がつくから、相手は強制執行をかけてくる。裁判所に手形金の3分の1から4分の1にあたる保証金をつみ、回避する。そうして後、通常裁判に移るのである。
京都地方裁判所で、最初の手形を最終的に引き受けた「たつみ商事」の告訴により、手形訴訟が行われ、日下は奮戦したが敗れてしまった。メインバンクの協力を得て対抗措置が取られた。しかしすぐ2回目の手形の支払期日が到来し、今度はメインバンクの協力が得られず、異議申立提供金が払えなかったため、不渡りになった。追いつめられた佳一郎が自殺した。事件の元凶、アホぼんこと賢一は男泣きに泣いた。
香華堂側は保証金をつんで2回目手形について強制執行を回避した。1回目について通常裁判になった。今度は日下は新しい金融業者を証人をたて、「たつみ商事」が善意の第三者でないことを証明してみせた。さらに賢一が三輪の指示に従うと見せて、手形発行の経緯などを証言したため、形勢は完全にひっくり返してしまった。
関西ルートが片付くと、今度は東京ルート。佳一郎の自殺を受けて、警察当局が真剣に鳴り始めた。追いつめられた悪のグループはついに香華堂を裏切った福島を消し、さらに小原を台湾に逃亡させた。しかし香華堂側にもまだ隠された問題が残っていた…・。
手形のぱくり事件を扱った作品には、松本清張「眼の壁」、高木彬光「白昼の死角」などがある。この作品は弁護士の活躍に力点が置かれ、手形裁判と通常裁判の区分けなど、法手続きが素人に分かりやすく書かれている点が優れていると感じた。
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