サマー・アポカリプス       笠井 潔


創元推理文庫

「バイバイ、エンジェル」「薔薇の女」と構成する三部作の第二部。主役は矢吹駆、語り手はその恋人ナデイア・モガール。今回の舞台の中心は灼熱のパリ、南仏スペイン国境に近いカルカソンヌ、モンセギュール、ラヴルネ…・。

12世紀アルビジョア十字軍の攻撃により、中世南仏国家およびその指示する異端のキリスト教集団カタリ派は、滅び去った。カケルは、そのカタリ派が密かに隠した財宝について記述してあるドア文書紛失部分を探していた。私は、カケルと共に、友人ジゼールの父オーギュスト・ロシュフォールの援助でカタリ派の聖地モンセギュールの遺跡発掘調査を計画している歴史学者シャルル・シルヴァン教授を訪れる。
早くも教授の元に「財宝を狙うものには、カタリ派の呪いがかけられる。黙示録の怒りがその頭上に落ちるであろう。」との脅迫状が届く。続いてカケルが、さいわい一命は取りとめたもののイエナ橋近辺で狙撃された。
七月になって私とカケルは、教授との再度打ち合わせで、南仏の田舎町にあるロシュフォール家のエスクラルモンド荘を訪れる。その晩、二階資料室でミュンヘンから来ていた骨董商人ワルター・フェストが頭をぶち割られ、矢で射抜かれた。そして厩舎では白い馬が射殺されたが、それはまさにヨハネ黙示録第六章のままであった。
その後の調査でワルターは、ナチスSSに属し、失われた文書を所持し、追っていたらしいと分かった。山荘に滞在していた人々のその夜の行動が分刻みで調べられる。オーギュストの妻ジュヌヴィエーヌは、10年前に登山途中墜落死していた。従僕のノデイエが犯人と断定され、服役していたが最近釈放された。釈放後、カタリ派の財宝を熱心に探しており、山荘に滞在していたために、最初に容疑者とされるが決め手が無い。
次に文書を求めてサン・セルナン寺院を訪れた私たちは、塔屋の中になんとノデイエの宙づり死体を発見した。犯人はノデイエで追いつめられての自殺とも考えられたが、近くで赤い馬の銃殺死体が発見された。またも黙示録に対応しており第三、第四の犯罪を予見させた。
私は第一の犯行は、遺産の横取りを狙ったオーギュストの後妻ニコルとその恋人シルヴァンの共同犯行と考えた。ドアから侵入したニコルがワルターを撲殺、皆と合流した後、シルヴァンがガラスを割って音を出して犯行を匂わせ、ニコルのアリバイを成立させると言うものだ。すると彼らが次に狙うのは…・。しかしモンセギュールの絶壁のたかみにオーギュストと共にでかけたシルヴァンとニコルを追った結果、見つけたものは、ニコルと黒い馬の死体、さらにオーギュストと青いペンキを駆けられた馬の死体、シルヴァンは姿を消していた。
そのシルヴァンが姿をあらわし、無罪が証明されると、パリ警視庁の警部ジャン・ポールは娘のジゼールとその恋人ジュリアン・リュミエールによる共同犯行と断定する。彼らはカタリ派の財宝を示す書類を得ようとワルターを殺し、二人を脅迫したノデイエを処分した、さらに遺産の取り分を増やそう第三、第四の殺人を行ったと主張する。
ところがカケルはそのいづれをも否定する。彼は、まず第一の殺人は弩で球形の石を飛ばして撲殺した後死を確実にするため矢で射た、第二の殺人は党内に入ったノデイエを外から呼び、首を出したところを引っかけ、馬で引いたなどと犯行プロセスを明らかにし、証拠を示した。そして、意外な犯人を指摘したのだった…・・

犯罪の動機自体は目新しいものではない。遺産の一人占めを狙うとすると後妻と恋人、娘と恋人、亭主自身等など。
しかしキリスト教カタリ派の歴史、キリスト教と終末思想および黙示録の関係、カタリ派の秘宝とそれをめぐる古文書などの蘊蓄、ナチスの暗躍、さらに黙示録に従って次々に起こる見立て殺人…・本格推理小説ファンには答えられない味を持っている作品である。

・カタリ派の勃興(45P)
・ アルビジョア十字軍による中世南仏国家の壊滅(168p)
・ 当時のユダヤ人は、天地創造以来の世界が破滅し新しい世界が始まると言う終末論と、ユダヤ人の進行が勝利し、ユダヤの神が全世界を支配するときが来ると言う期待を組み合わせて信仰していた。メシア待望も同じ流れから出た進行です。初期のキリスト教徒は、このメシア論を換骨脱胎して継承し、また世界の破滅と神の王国の到来と言う思想をも旧約聖書の中から中心的な教えとして引き継いだのです。(209P)
・ つまり事情が変わったと言う事であろう。一報では、いくら待っても破滅は到来せず…・。他方でそのローマ帝国が一転してキリスト教を公認し、さらに国家宗教の地位までも提供してくれたのだ。…・不吉な黙示録の予言はかえって厄介で邪魔なものへと変わってしまったわけだ。(209P)
・ 私は、餓死寸前の子供に向かってパンを与えるのでなくとくとくと福音を説くような愚を犯すまいと考えているだけなのです。その時飢えた子に福音を説くものが、自分は飽食しているのだとしたら、それは単に愚かだと言うのではすまない残任で非道な行いになります。(210p)
・ 弩の発展(278p)
・ ナチズムは広汎な政治社会現象だったし、その結果、当然にも独特な社会現象を伴っていた。しかし、ナチズムの本質は、一種の疑似宗教現象だった。アジアやラテンアメリカにある多くのクーデタ政府や警察国家の権力主義とナチス国家が、民主主義の否定や制限、テロルによる支配など外見上似ている点は少なくないにしても、ナチズムはむしろ、たとえばマンソン事件の方に本質的に近しい現象なんだ。(361p)
・ 愛の名辞によって憎悪を正当化し合理化する観念の倒錯、これが悪だ。理想社会の名において収容所群島を正当化する倒錯、これが悪だ。(386p)
・ 本書で引用されているヨハネの黙示録は長いので、訳文に違いがあるがインターネットにあるものを引用しておく。(http://www2s.biglobe.ne.jp/~oyumino/bible.htm 聖書のページ「ヨハネの黙示録第六章」)
1また、私は見た。小羊が七つの封印の一つを解いたとき、四つの生き物の一つが、雷のような声で、「来なさい。」と言うのを私は聞いた。
2 私は見た。見よ。白い馬であった。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得ようとして出ていった。
3 小羊が第二の封印を解いたとき、私は、第二の生き物が、「来なさい。」と言うのを聞いた。
4 すると、別の、火のように赤い馬が出てきた。これに乗っている者は、地上から平和を奪い取ることが許された。人々が、互いに殺し合うようになるためであった。ま た、彼に大きな剣が与えられた。
5 小羊が第三の封印を解いたとき、私は、第三の生き物が、「来なさい。」と言うのを聞いた。私は見た。見よ。黒い馬であった。これに乗っている者は、量りを手に持っ ていた。
6 すると私は、一つの声のようなものが、四つの生き物の間で、こう言うのを聞いた「小麦一枡は一デナリ。大麦三枡も一デナリ。オリーブ油とぶどう酒に害を与えては いけない。」
7 小羊が第四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物の声が、「来なさい。」と言う のを聞いた。
8 私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣に よって殺す権威が与えられた。
9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人人のたましいが祭壇の下にいるのを見た。
10 彼らは大声でさけんで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
12 私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起った。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の前面が血のようになった。
13 そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが、大風に揺られて、青い実を振り落とすようであった。
14 天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。
15 地上の王、高官、千人隊長、金持ち、勇者、あらゆる奴隷と自由人が、ほら穴と山の岩間に隠れ
16 山や岩に向かってこう言った。「私たちの上に倒れかかって、御座にある方の御顔と小羊の怒りとから、私たちをかくまってくれ。
17 怒りの大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。」
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