講談社文庫
大晦日の夜、画家の青木は、ホテルで恋人の桂子を待っていたが、彼女の友人でベルリンからの留学生と称するエルザなる女性が現れる。そしていくつかの証拠を示しながら、青木にナチス時代の「ガウアー強制収容所」の話をし、「青木がそこで生まれたのではないか。」と問う。
一方パリでは、ヒトラーの愛人でガウアー収容所時代釘の女と恐れられていたマルトが、変名して富豪の妻に収まり、優雅な生活をしていた。しかし、リオデジャネイロで娼婦を殺した収容所時代の愛人が尋ねてくる。
青木は自分の出生を知る魅力に駆られて、エルザの属するある組織の誘いでベルリンにわたる。組織にはアメリカ人マイクや、東ドイツからかってのエルザの恋人と共に国境を越えてきたギュンターも絡んでいる。彼らは反ナチ組織である、と言っているが、どこまで本当なのか。
青木は、大戦末期ガウアー収容所で一人の赤ん坊が生まれ、どういう訳か、大事にされ、特殊な手術を施され、ヒトラー帝国崩壊と共に日本につれてこられた事実を知る。そしてさらにそのルーツをたどると、ある自殺した日本人外交官の妻が、ヒトラーに愛されたらしいことを知り、画商の元で彼と描き方がそっくりの絵を発見する。
マルトのもとに不審な電話がかかり、マルトが拉致される。セーヌには元SS将校、実は尋ねてきた愛人の死体が浮かぶ。ヒトラーの子の可能性を秘めた青木と青木を愛し始めたらしいエルザの運命やいかに、とスパイ小説ながら実にロマンのある書きぶり。
実は組織は反ナチというのは真っ赤な嘘で、彼らはナチ復活をもくろんでいた。青木を担ぎ出し、マルト等を糾合し、第三帝国の復活を夢見ていたのだ。最後に彼らはエルザのアパートに案内するとだまして、青木を東ベルリンに連れ出し、パスポートを奪い、逃れられないと迫るが・・・。
出だし「最後の一日」なる章で、リオデジャネイロ、ニューヨーク、東京、ベルリン、パリ、といった世界の都市で、これから起ころうと事件の発端を、改行のいとまも与えずモジュラー形式で書いている点が目を引く。非常にドラマチックである。
全体、ジョン・ル・カレのスパイ小説を彷彿させるところもあるが、こちらは女性の感情を捕らえるのがうまく、ロマン・スパイミステリーという雰囲気。「ヒトラーに日本人の血を引く子供がいた。」などという一見荒唐無稽にも見える仮説を前提にしながら、面白く最後まで読者を飽きさせない。
・それが彼(ヒトラー)の子供だとわかってしまえば、奴らの報復の手はその子供にも伸びるだろう。何とか一人の女の胎内にいるその子供を彼の子供だとは知れないようにして安全な場所へ逃さなければならない。彼はそう考える。そしてその時代、ナチが逃げ込める一番安全な場所と言えば、それは強制収容所の地獄の中だった。(336P)
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