講談社文庫
旭洋水産の越智省二は、フィリピン進出の尖兵となり、スル島でエビの養殖に妻ともども専念したが、現地でトラブルを起こし妻を失った。その上現地民族自決運動に荷担したというあらぬ疑いをかけられて退職、引退した四国で農業を営み細細と生活していた。
ある日刑事が訪れ、現地で越智を救ってくれたヒラリオが日本に来ているという話をした。会いたくて東京で調べてみると彼は現地運動の手先となって、日系進出企業から金を強請っており、越智自身、旭洋水産からヒラリオに金を渡す役をやらされる羽目になった。
追われているヒラリオに会った越智は、フィリピンで自分をはめた男が今会社で精力を持つ園部とその手先印南であることを知った。かくまわれている印南を見つけ出し、責めた後、彼は園部に復讐を誓う。しかし彼の周辺は元相撲取りの岩間を中心とする警備隊で固められていた。彼らは同時にヒラリオが集めた金も狙っていた。
彼らは印南の名を使って誘いをかけてきたが、越智は自室の盗聴に気づき罠と知った。しかしヒラリオも罠に向かっていると知って救出に出かける。そしていよいよ岩間グループと命を懸けた対決が始まった。
冒険小説ではあるが、主人公がどこか人間の善意を信じ「私は甘すぎる人間なのだろうか。」と自問自答しつつ、印南を一度は許してやるところに救いを感じる。また美世と主人公のほのかな愛、ヒラリオと弘美の愛なども横軸としてうまく話しの中に取り入れられている。志水節は冴え渡っていて、からりと突き放した文章が心地よい。
・結婚と言う事になると、考えちゃうでしょうね。お互いに。生活するのと、夢の中で遊んでるのとは別って事かしら。夢でいいのよ。私、夢なら沢山いい夢を見たいわ。人生なんてそれで充分でしょう。(127p)
・ それは、父が多くの部下を死なせていたことと、決して無縁ではなかったはずだ。おそらく父は、自分の口を閉ざすことでしか戦後を生きられなかった人間だったのだろう。私はその寡黙さゆえに、父と言う人間を信じている。老いて寡黙であることほど信じられる人間の姿はないと思うのだ。しかしそのように老いて行くことの、何と難しい事か。饒舌な老人になるほうがはるかにやさしい。(180p)
・ なぜこんなくだらない奴等に憎しみを燃やし、生命を懸けて挑んで行かなければならない。本当の敵が別のところに厳然と控えていると言うのに。いつだってそうなのだ。どこの国でも同じだった。(274p)
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