光文社文庫
作者のあとがきに「この作品において、私は青写真を綿密に引いた。何度も何度も引き直して、トリックを構築した。」とあるが、ほれぼれするほど計算された作品である。私は推理小説も構想を固めたら書きはじめ、後半でいいわけを考えるように種あかしをする書き方があるかと思ったが甘いようだ。
銚子沖で若い女の水死体があがった。八丈島でアベックが八丈富士に登ると出かけたまま、男は帰った様子だが女は見つからない。捜査をすると溶岩の間に出来た洞窟から絞殺死体で見つかった。二人は宇野沢望と看護婦の岩井輝子と判明、何年か前、和歌山県のY.H.に同じ日に泊まっていた。当日の宿泊者は6人。アベックの男の名は析字(漢字の部首の組み合わせ)で、偽名。追跡は難しく思われた。しかし船の乗客名簿と宿泊客名簿からのプレーボーイ谷口が割り出される。
谷口が恩師岡本の姉宇野沢望とでき、その岡本が喘息の発作で岩井輝子の援助で岩城病院にかつぎ込まれたが、医療ミスにより、死亡したことが判明、物語は次第に事件の核心に迫って行く。一方で警察内部では小さな証拠から谷口は犯人に仕立てられようとしたとする説が浮上。そして今は岩城病院理事に収まっている谷口の、タワーホスピタル内密室殺人事件。死体を副院長の岩城英夫と業者の井関敏明が見つけるのだが、警察は、岩城がなぜ管理人室に鍵を取りに行くとき、居住者用エレベータと荷物用エレベータを使い分けたかを考察、犯人は複数と確信、「壺算」の手口、隣の部屋の利用等を見破る。
Y.H.同宿者名簿の菅野規子は、谷口にだまされて自殺していたが、勝ち気な妹敦子がいた。
実は姉の敵をねらう敦子と恋人井関、恐喝者の谷口、岩井を殺そうとする二つの思惑が合体した殺人劇だった。井関、敦子はリゾートマンションに潜んでいたが困難な追跡の末、発見された。粘着テープから転写された指紋と、八丈島の写真屋が撮した岩城と岩井輝子の写真が決め手となった。
真実は谷口と岩井を心中に見せかけて殺そうと八丈島に呼び出したが、途中で昔の恋人宇野沢が登場、ついに女性二人を殺すことになった。そして後の谷口殺し・・・・。
それにしてもよく調べてあるなあ、良く知っているなあと感心。作者はホテルだけでなく医者の世界にまで通暁している。
ただ、以下の点は少し疑問に思った。
(1)八丈島の殺人事件で戻ってきたおとこについて、警察は容疑者をなぜ宿屋の主人に確認しなかったか。
(2)実際の殺人が18日、心中ペアに見せかけた井関、敦子が島を訪れたのが20日、死体発見が23日で、この時点で死後経過時間に問題が生じなかったのはおかしい。
(3)タワーホスピタル殺人事件で同じ部屋を使わなかったのは体臭のせい、としているが苦しい説明。
・救急車は、出場要請を受けてから3分以内に現場に駆けつけられる配置になっている。(10P)
・桜コーポは・・・家具付きアパートである。そのために不動産の権利関係から身元をおえない。住民登録もしておらず、自動車運転免許も取得していない。公的資料から宇野沢の身上をたぐる道はたたれたのである。(33P)
・析字(80P)
・戸籍の閲覧・・・・捜査令状(109P)
・医師会の実態(164P)
・狭心症(171P)
・壺算(210P)
・独立した動機保有者による殺人・・・・交換殺人(221P)
・怨念の補充(249P)
・ヌペルカインによる事故(326P)
・サラリーマンが推理作家になる法・・・・世の中に対する恨みつらみの深さ、机にむかうしつこさ、人間への(とりわけ異性への)あくなき好奇心。(338P・・・下里正樹の解説)