父を失う話・可哀想な姉・兵隊の死 渡辺 温


日本探偵小説全集11

父を失う話
 こないだの朝、十違いの父は久しい間蓄えた髭をそり落とし、私を港に連れていった。「僕がどうして君のお父さんなもんか!」言われて私はこの人はお父さんでないような気がした。お父さんはスーツケースと共にサクソノア号に乗った。「・・・お丈夫で!」船は波止場を離れた。半日経った後、役人が「お父さんはどんな人です?」って、聞いた。でも父は見つからなかった。私は、そんな風にして父から見捨てられてしまった。

可哀想な姉
 私の父は姪に唖の姉を産ませた。姉と私は久しい間一緒に暮らした。本当に姉は私を慈しんでくれた。でもある日姉は私が本当の大人になってしまったことに気がついた。「ワタシハ、オマエガ、キライダ!イヤラシイ」私は建物を壊す薬の組成を読んで姉に聞かせた。「ワタシハ、ソノクスリヲ、ノンデ、シニタイトオモウ。」私は赤い短い上着を着た女が黒いマントに身を包み、見事な口ひげを生やした男と逢い引きするところを見つけた。私は口髭をつけて女を試してみた。
 姉は花を売っているという。私は、ある日、跡をそっとつけていった。ビイルデイングの一部屋に花の値段表をかかげ、中で着物を着替えて待っていた。太った紳士が部屋に入りなにも言わずに姉を抱き寄せた。飛び込んで行って私は紳士を短刀でさした。私は楽しい気持ちで家路をたどって行く。私の勇気はあらゆる人生の不幸せを亡ぼした。姉は今頃取り調べを受けているだろう。可哀想な姉よ!でも私はこれからは誰に憚ることなく、一人前の大人として世の中を渡って行くことができる。

兵隊の死
原っぱの真ん中で兵隊は寝ていた。兵隊は青空の横っ腹に鉄砲を撃ち込んでやりたくなった。ズドンと撃った。弾丸は天の深みに消えていった。何分かたつと打ち上げられた弾丸は、そのまま天から落下してきて花を抱いた兵隊の額を撃ち抜いた。シャアロック・ホルムスが死因を調べたけれど分からなかった。
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