途上・私 谷崎 潤一郎


日本探偵小説全集11

短編ながら、推理小説のお手本になるような作品。「私」はまさにクリステイの「アクロイド殺し」を思わせる。

途上
 湯河勝太郎は十二月も押し詰まったある暮れ新橋近くで私立探偵安藤に声をかけられる。結婚調査ということだっからどの社員の事かと思ったら何と自分の事だという。そして亡くなった妻の死についてくどくどと、それでいて如才なく質問を始める。「奥さんは自動車事故にあったことがありますね。あなたは今時の自動車は衝突の危険が高いと知って、省線に乗らずそれも一番前に乗ることを薦めたんでしょう。奥さんは心臓が弱いと分かっていたから、酒・煙草を勧め、さらに冷水浴を薦めたんでしょう。そいておいてからチブスにかかりやすいように生の牡蠣やトコロテンを食べさせたんでしょう。それで奥さんはパラチブスになったんでしょう。ガスのために窒息しかかったこともありますね。」と次々状況証拠を積み上げて、湯河の殺人を暴こうとする。
 まさにプロバビリテイ型犯罪そのものである。しかし話のもって行き方がうまく、一気に読ませる。


 もう何年か前、私が一高の寄宿舎にいたころ盗難騒ぎが発生した。どうも泥棒は寮生らしい。樋口が泥棒は下がり藤紋付きを着ていた、と聞いて私は嫌な気持ちになった。私の家紋が下がり藤だったからだ。私が嫌っている男に平田という人物がいた。しかし寮生が悪く言っても私は彼のことを弁護してやった。
 ある時私は平田の机の引き出しをあけ、為替を取り出し隠匿しようとして平田に捕まった。「ぬすっとは僕だったんだよ。しかし僕は盗人としては良心的だったよ。平田は立派な人物だと言ったし、僕自身が君たちが考えるような値打ちのある人物じゃないと言うことも言ったよ。」
 叙述トリックの典型である。読者は「私」は真実を客観的に書いていると信じている。しかし書いている「私」がぬすっとである場合、どんなに良心的に書いたって「私」が犯人と書くわけはない。・・・・なーるほど!
991018