遠野殺人事件     内田 康夫


光文社文庫

平安電気経理部の留理子は、河合貴代と仲が良く、二人で遠野旅行の計画を立てていた。ところが、留理子は、婚約者の土橋の岐阜にある実家を訪問する事になり、急遽貴子一人で行った。そして貴子が、遠野の五百羅漢に囲まれて死体となって発見された。まもなく不正手形を発行していた松永貞子の自殺と思われる死体が発見され、事件は一件落着と思われた。しかし、フィルムのトリックを見やぶった留理子は、第三者Xの存在を示唆し、地元の吉田刑事に再捜査を依頼する。
やがて貞子の不正手形を指示していたと思われる男は佐藤課長で、彼がXではないかと考えられるにいたった。そして佐藤の自殺死体の発見。事件は再び一件落着と思われた。
しかし佐藤にはアリバイが成立する事を知った留理子と捜査陣は、ふたたび会社内部の人間に目を向ける。そしてどの事件にもアリバイは成立するものの、不思議に現れる夏目部長の陰、部長のひきで早くも課長に昇進する婚約者の土橋に注目する。
ついに飛行機の搭乗員名簿に、ワカバヤシの名を発見した留理子は、それを土橋に話し、トリックを仕掛ける。夏目と土橋は、私と若林を心中に見せかけて抹殺しようと計るに違いない・・・・・。
叙情あふれる典型的なアリバイ崩し推理小説である。落ち着いた書きぶりに感心した。

少し長い小説を書くには、全体を場面単位にわけ、そこで何を書くのかを最初に検討する必要が在ると思う。氏の小説の書方には無理が無く、自然であるように思う。そこで氏がどのように書いているかを分析する為、本作品の前半をどのようなアイテムがどのくらいの長さで書かれているか調べてみた。一項目5ページくらいで。これは原稿用紙になおすと四百字づめ、六、七枚というところか。
プロローグ(13ページ)・留理子と貴代の知り合った頃・貴代の遠野行き・留理子の岐阜行き
1章1(12ページ)・五百羅漢で貴代の死体発見・刑事の到着と現場検証
2(11ページ)・吉田家の訪問と歓迎・貴代の死の連絡
3(15ページ)・フィルムのチェック・吉田刑事東京へ、留理子と面談・松永貞子の浮上
2章1(11ページ)・貞子について母の話・隣家の話
2(14ページ)・松永妹の話・貞子の遠野での情報・平安電気訪問
3(10ページ)・サトムのばばの話・松永の手形不正発行・松永家遺書探索
3章1(10ページ)・松永貞子の死体発見(一次捜査の終結)
2(10ページ)・若林・フィルムトリックの解明・ 留理子の吉田へのトリック説明
4章1(14ページ)・警察に再捜査依頼・吉田に推理を語る。
2(14ページ)・佐藤の出張と疑問・フィルムの傷に気づく・カメラ会社訪問
3(19ページ)・吉田の佐藤訪問・夏目部長訪問・佐藤夫人訪問とアリバイ崩れ・留理子訪問とにおいの話・カメラによる傷の違い
5章1(8ページ)・佐藤の留理子恫喝
2(12ページ)・佐藤の捜査開始・佐藤の自殺死体発見・佐藤家訪問
3(15ページ)・佐藤の葬儀、三鷹署・佐藤家の抗議・夏目訪問
・・・・すると三百枚の小説を書くにはまずストーリーを四十から五十の場面でつないで書き直してから、書き始めると言うのがよさそうだ。
・刑事は散々身も心もすり減らしても、よくて警部補どまり、まあ巡査部長かヒラに毛の生えた巡査長で退官という事になるのが関の山なのだ(29P)
・定期券が買ったばかりなのに自殺するのはおかしい(93P)
・女性共通の自己保存本能(219P)
・世の中にはこういう風に追及を免れたまま闇から闇にほうむり去られた事件という物が多いのではあるまいか、と思った。もしそうだとすれば、それを許しているのは捜査当局という事になる。当局に対する批判といえば、冤罪事件と相場が決まっているけれど、それと対象する側には立件されないままの犯罪という物が無数にあるはずだ。(254P)
・出迎えたからそこから来たと思う錯覚(275P)
・乗客名簿でなく、航空券(搭乗者申込カード)に名が残っているに過ぎない。(296P)
・犯罪なんてものは捕まってはじめて罪になるんであって、捕まりさえしなきゃどうって事ないんだよ。政治家のやる事だってそうじゃないか、・・・・(337P)