占い師はお昼寝中         倉知 淳


創元推理文庫

「無苦集滅道無智亦無得以無所得故…」純白の衣装をまとい、結跏趺坐した辰寅は、両手に奇妙な印を結び一心に自己流の般若心教を唱える。印を解き、私が用意した榊の枝に巨大な漆塗りの盃に満たした水をつけ、文机の上に広げた半紙に発止と叩き付ける。水の飛沫が驟雨のごとく部屋中に飛び散る。辰寅は水の染みでロールシャッハテストの用紙みたいになった半紙をさして一言「狐、ですな」と御託宣。
女子大生美衣子はひょんな事から渋谷のおんぼろビルにある辰寅叔父の「霊感案内所」で助手として働くようになった。叔父の霊感占いは全部いんちき、得意げにお客さんに示す「武蔵国怪異志記」だって、実は「好色一代女」。しかし彼の「ご託宣」はいつも隠された真実を突く。霊感はないが推理は鋭い叔父の、昼寝となぞ解きを描いた心優しい安楽椅子探偵連作集。もちろん殺人などという無粋なものはない。なぜか北村薫を思い出した。

三度狐
一流商社である亀ノ菱商事株式会社第二営業部課長補佐新杉田浩二は妻と母と小学校三年の娘の四人暮らし。相談は「ローンを組んで新興住宅地にマイホームを建てたが、ゴルフに行ったらクラブが一本無くなっていた、会社では書類がなくなった、ビジネス書を家に持ち帰ったところそれが無くなった、探してほしい。」辰寅叔父の御託宣は「三度狐のせいである、狐が縁の下に失せ物をくわえて行ったのです。」それがあたっていたから不思議だ。
水溶霊
名前をいいたがらないきれいな女の人の相談はマンションのポルターガイスト現象。「半月程前、夜、仕事から帰りますと寝室が散らかっていました。化粧水や乳液、香水に美溶液が零れていました。一週間くらい前、神戸の実家に戻ったときもお台所で同じような現象。醤油とソースが零れていました。」御主人は失職中とか。ご託宣は「水溶霊でたちが悪いから引越ししなさい。」それにしても浮気のにおいを消すための細工とは面白い。
写りたがりの幽霊
お喋り学生三人組みが持ち込んだものは、インスタントカメラ「撮っちゃ郎」で撮影した心霊写真。妙なところから手が出ていたり、霊らしきものが写っていたり。ご託宣は「害のない、微々たる霊力しかもたぬ地縛霊である。こちらでその写真は供養しておきましょう。」辰寅はお気軽な学生のイタズラととっくに見破っていた。
雪だるまロンド
ドッペルゲンガー。「二重に出歩く者」という意味で死の予兆、死への使者の意をもつと言う。二人雪姫の童話を語ったお客さんは「私が今二人いるみたいなんです。」という。近所の奥さんに「旅行はどうでいたか。」と聞かれたが行った覚えがない。持ち歩かない手袋を近所のスーパーで忘れ物として預かっていると言われた。辰寅のご託宣は「雪だるまのしわざです。もうとっくに溶けて流れてしまっていることでしょう。心配ありません。」面妖な話だが、町内会とダンナさんの結婚プレゼントの旅行がぶつかって起った珍妙な出来事とは微笑ましい。
占い師は外出中
辰寅が外出中にやってきたお客はチャキチャキの江戸っ子爺さんと、付き従うようにぼけた風のおじいさん。「とにかく来てくれ。出張除霊を頼む。」事情を聞くとぼけた風じいさんの家に血まみれ入動がでると言うのだ。それも何度も。さすがに出張は断ったが、美衣子は懸命になって般若心教を唱え、御札まで書いてあげた。夜、帰って来た辰寅おじさんは私の説明を聞いて「僕、力抜けちゃったよ。情けなくて。」と言う。
腰抜け大入道
少年の相談は「お願いです。お父さんを助けてやってください。やったのは一つ目の大入道なんです。」小さな今にもつぶれそうな町工場から200万円が消えてなくなった。なくなった時間に残業していたのはお父さんだけだ。だけどちょうどその頃僕は一つ目の大入道が町工場に入って行くのを見た、という。その日に工場に大金があることを知っていたのはごくわずか、外部から工場に侵入した形跡はない。ところが少年の必死の頼みにもかかわらず、おじさんは「私には荷が重い」と降りてしまったではないか。
010416