新潮社ハードカバー
明治中期雪深い新潟県の山村阿部家に村芝居の指導をするため、扇水、涼之助がやってくる。涼之助は男でもない、女でもないふたなりで扇水の女、怪しい魅力をもち、ごぜの琴や妹の妙は心をときめかし、若主人鍵蔵の妻てるとも関係。そんな自分の境涯から村芝居の日に脱出しようと図るが、てるとの関係が発覚し、鍵蔵とすったもんだのすえ、裏山に追われる。そこは昔は金銀の採掘でにぎわったが、いまでは廃坑となり、赤子を食う山妣が住むという。
その鉱山がはやっていたころ、女将にいじめられた君香は文助と女将の金を奪って逃げるが身重の身で捨てられる。しかし渡り又鬼の重四郎に救われ、共に生活し、山の生活に慣れるとともにふゆを生む。やがて2度目の出産、しかし里に妻子を持つ重四郎は赤子を連れて去ってしまった。
道に迷った涼之助は、山妣実は君香の住む洞窟に迷い込むが、持っていた金の銃弾からあの赤子だったことがわかる。やがてそこに鍵蔵のもとを逃げ出してきたてるが転がり込むが、彼女はなんとあのふゆだった。一方村では熊狩りを行うことになり、獅子山に人々が向かう。涼之助は、琴と長岡に出ようと獅子山に向かい、後をてると妙がそれぞれの立場から追う。傷ついた熊と、ゲーベル銃を持ち、てるを求める鍵蔵による悲劇の幕が切って落とされた。
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当時の農村の風俗を良く調べられ、すぐれた風景描写、人物描写とともに、方言が巧みに取り入れられ、すばらしい仕上がりと思う。プロットもなかなかのものだ。
しかし正直に言えば、何か作り物という感じがぬぐいきれず、また終盤で情景を次々と変えて描写し、切迫した雰囲気を作ろうとしているのだが、なにか今一つ、盛り上がらず読み進めようと言う気分になりきれないところも事実の様に思う。雰囲気を出すために「読者は主人公がハッピーになることを望んでいる。」という原則に逆らっているからだろうか、あるいはなぞ解きが従になっているからだろうか。
・緞帳芝居(23p)
・子を殺した女が皆、山妣になれるんだったら、山には山妣だらけだのんし。そおせば、仲間もいっぺえこといる。寂しいこともあるまい。妙、おらにはわかるんだ。なして昔から、女衆が山に消えていったか。皆、山妣になりたかったからじゃねえか。(150p)
・坂道のあちこちに蝉の死骸がころがっている。木の上で散々騒ぐ蝉の命は七日ばかりだという。男の身体にしがみついて騒いでまわり、やがて花柳病に侵されて死んでゆく遊女みたいだ。(187p)
・羚羊(れいよう=かもしか)(272p)
・自分のいる場所で、できることを精いっぱいすることが、生きるってことだんなんが。
(323p)
・文助の妻はひたすら彼にしがみつくだけの女だった。・・・・きっと男にはそんな軛が必要なのだ。妻にとっても病気持ちで借金まみれの夫は軛だろう。しかし、自分たちは。お互いの軛を絆とすることで生きてきたのだ。(432p)