邪馬台国はどこですか? 鯨 統一郎


創元推理文庫

歴史ミステリーというと海外では「時の娘」(リチャード3世)、国内では「潮もかないぬ」(柿本人麻呂)「邪馬台国の秘密」「成吉思汗の秘密」などが思い浮かぶ。いづれもまじめに取り組んだ堅い作品だが、こちらは取り上げるテーマは大きいが、話の進め方は軽く、素人もブランデーグラス片手に軽く読めるという雰囲気。
カウンター席だけの地下一階の店に客が三人。三谷敦彦教授と助手の早乙女静香、在野の研究者らしき宮田六郎、そしてバーテンダーの松永。初顔あわせのその日、宮田が「ブッダは悟りなんか開いていない。」とぶち上げたから、気の強い静香が猛反発、パソコン片手に歴史検証バトルとあいなった。会をおうごとにテーマも広がり、話は熱を呼び、へ理屈もどんどん発展、素人の松永も教科書など読んで予備知識を仕入れ、論戦に加わる。

悟りを開いたのはいつですか?
ブッダは王族の出などではなく商人の子で、しかも性的な不能者であった。妻ヤショーダラー姫の娘ラーフラは、不義の娘でブッダは悩んだ。三十五歳で悟りを開いたと言われた後も、いろいろ誘惑を受けて悩んでいる。実は愛すべきオヤジで、煩悩をたつべく一般の僧が行う苦行に挑戦したが、あっさり止めてしまった。涅槃のときにいたっても故郷への執着心が捨て切れず、輪廻の輪から抜け出せないでいたという。
邪馬台国はどこですか?
邪馬台国や卑弥呼については中国で作られた「魏志倭人伝」以外何の資料もない。注目すべきは伊都国に到る、という記述で到はそこで終わりを意味するから著者が行ったのはそこまでで後は伝聞。「南、邪馬台国に至る。女王の都するところなり。水行十日、陸行一月。」と途中の文章から推定すると邪馬台国は岩手、それも語呂から八幡平にあったのではないか。邪馬台国と伊都国が合併してヤマトが出来上がったのではないかという。
聖徳太子はだれですか?
聖徳太子と推古天皇と蘇我馬子は同一人物だ!唯一の資料である日本書紀は藤原不平等を中心とする為政者の都合で書かれたもので執筆の都合上分けて書いた。書記の十四代仲哀天皇までの記述は、まったくの創作である。また聖徳太子系は蘇我蝦夷、入鹿に滅ぼされ、彼らは大化の改新で中大兄皇子、中臣鎌足に倒されたとなっているが、アマテラスを起点とする渡来系天皇家が、スサノオを起点とする日本の原住民系の天皇家を倒したと考えるべきという。
謀反の動機はなんですか?
本能寺の変は、信長が光秀に頼んで起こしたもので、自殺だった。彼は一度桶狭間で自殺しようとしたが、偶然に攻撃が成功し、命拾いしてしまった。史実をひも解いてみると彼が自殺する条件が驚くほどそろっている。男性で49歳という年齢、孤独、未熟的・完全主義・衝動的・抑鬱的性格、大量殺人などに見られる精神疾患などである。動機は正親町(おうぎまち)天皇との10年に渡る権力闘争の末、敗れたことによる喪失体験という。
維新が起きたのはなぜですか?
幕府軍が優勢にも関わらず戦わず、喧嘩好きだった西郷隆盛が江戸城無血開城に合意したのはおかしい。勝海舟は世界的視点から日本を見、分裂していたら列強に付け込まれると考え、催眠術を使って関係者をその気にさせてしまった。大久保俊道が首都を大阪に定めようといていたのを変更させたのも同じやり方という。
奇跡はどのようになされたのですか?
イエスの属するユダヤ教少数派エッセネ派では、この世の終わりと再生を信じていた。イエスは、安息日に治療をするなど伝統的なユダヤ教のやり方を無視し、パリサイ派などから命をねらわれることになった。そこで、知恵者ユダは自分が身代わりになり、奇跡を実現することにした。エルサレムに入るおり、イエスと入れ替わり、わざと宮清め事件をおこして捕まり、十字架上に処刑された。三日後に本物のイエスが現れ、復活してみせたという。
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