宵待草夜情 連城 三紀彦


新潮文庫

能師の妻
昭和四十七年、銀座六丁目で明治の初期の物らしい人骨の一部が発見されたが、むかしその場所には枝垂桜が生えていた。人骨は明治二十二年奇怪な殺され方をした能楽師藤生貢の者ではないかと思う。
能は、徳川幕府の援助がなくなって衰退の一途をたどったが、藤生流藤生信雅は鷹場伯爵に「井筒」を舞ってみとめられ、その援助を受けた。父がやはり能師であった深沢篠は、36才で死の床にあった信雅に嫁入りする。信雅は、一子貢の教育を頼んで死んでいった。ところが貢の初舞台成功後、三日目に篠は義子を殺害し、その死骸を切り刻み、近くの桜の木の根本に埋めたのである。そしてその篠が消えてしまった!
篠と貢のサドーマゾ的関係、初舞台を演じたのは本当は誰か、篠はどのようにして消えてしまったのか、謎が次々に明らかにされる。
野辺の露
杉乃さん、息子の暁介君が父であり私の兄でもある村田暁一郎を酔って刺殺した、と知って、二十年ぶりに話しかけようとしている。
大正三年兄は落馬し入院、兄はあなたの様子を見てくれ、と言うことで私を使いにやったが、鈴虫の音に誘われて私は、あなたと関係を持った。しばらくしてあなたは妊娠を告げた。しかし私とあなたの関係は女中の証言で兄の知るところとなり、、私はあなたの元を去り、暁介君は兄の子として育てられた。しかし兄は女を作り、暁介君につらくあたりしばしば折檻した、と聞いた。私は暁介君がいとしくてならなかったがどうしようもない。
今回私が酔った暁介君を送りとどけ、その後やにわに父に襲いかかったと言う。しかし殺したのはあなたではなかったのか。あなたは女好きな村田父子に復讐したのではないか?
宵待草夜情
うまくできすぎた他人の絵を傷つけ、関西に逃げていた画家志望の私は、大正九年久しぶりに東京に舞い戻った。「入船亭」の女給土田鈴子と出会い、好きになった。しかし片山という恋人がいるらしかった。不思議だった。帯を買ってやったが花の柄が嫌いらしい。絵の具の赤と黒を取って暮れと言うと箱ごとよこす。
「入船亭」の照代は恋人を取られたと考えたのか、何かにつけ鈴子をいじめているようだった。その照代が刺殺された。近くに出刃包丁。鈴子の袖に血の跡。私はてっきり照代を殺したのだと思った。しかし彼女は私にしばらく去って暮れと言う。男の思い、女の計算、色盲の三つが絡み合って物語を複雑にして行く。
なお宵待草は正確には待宵草という。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/matuyoigusa.html
花虐の賦
津田タミこと川路鴇子が、浅草の小劇団佳人座の主宰者絹川幹蔵の後を追って自害したのは大正十二年二月二十三日のことだ。
私は佳人座の座員だった。絹川は死ぬ前年の四月「貞女小菊」の主役を探していて、津田と出会った。病気の主人で詩人の津田謙三と子供を捨て「私は先生の人形になります」の誓詞を書かせ、採用した。「貞女小菊」は成功し、二人は夫婦のように見え、次回講演「傀儡有情」に打ち込んだ。そのせいか「正月公演」は成功だったが、その矢先の事件だった。
絹川が自殺したのはなぜか?なぜ津田は絹川の49日法要を忘れていたのか。そしてその翌日津田謙三死後百日に自殺したのはなぜか?
未完の盛装
昭和22年、公報に名が載り、戦死したとばかり思っていた葉子の夫が、突然復員して来たが、すでに闇物資の仲買をしている吉野とすでに出来ていた。吉野は、「この薬なら大丈夫だ。」と葉子に薬壜を渡し、北海道に旅立って行った。カスリーン台風の日、苦しむ夫が絶命してから医師を呼び、手後れを確認させた。投書があったために。桜井という特高あがりの刑事が目をつけた。しかし桜井は別の問題で警察をクビになった。
昭和37年、赤松弁護士事務所を吉野が訪ねた。十五年前の事件を白状した上で「実は桜井に長いこと脅されてきた。さらに悪いことに脅迫状を読んだホステスの歌江にも脅されている。しかしちょうど昨日時効が成立した。そのことを歌江に話してほしい。」
しかし桜井と名乗る男の電話で「事件発生時近くに住んでいた女によればまだ時効まで4日ある。」証言を求め死亡診断を下した田口医師を訪ねるがすでに殺されていた。しかしその後警察の捜査で死亡診断書が見つかり、カスリーン台風の日の犯行が証明されたから事件は解決したかに見えた。
しかしなぜ田口医師は殺されたのか。さらに歌江の垣間見た脅迫状には「十二年」と書いてあったそうだが「十五年」あるいは「去年」かもしれない。夫婦はひょっとしたら去年誰かを殺しているのだろうか。やがてそれは葉子の吉野殺しへ発展して行く。
桜井はまだ生きているのか、葉子の吉野殺しの真意は何か、意外な結末が待っていた。

いづれも良く出来た作品と思うが、野辺の露では女癖の悪い夫に復讐するために、夫と妻を滅ぼそうとする、宵待草夜情では色盲を隠すために演技をする、花虐の賦では愛する夫の薬代を稼ぐために座長の奴隷になる、未完の盛装ではぐうたら亭主を繋ぎ止めるために殺人をあったかのように見せる、など原因が一寸トリッキーすぎるきらいもある。
全体、作品には一つのパターンがあるように思えた。到底起り得ないような事件が提示される。疑問が究明され、物語の最後になって意外な結論が待ち受けている。ただしその結論は犯人が誰か、というよりも事件の本当の姿がどうであったかを追求している。
大正時代を思わせるしっとりとした文章の書き口が素晴らしい。それは物語が昭和になっている「未完の盛装」と他の作品を比べると分かる。
010418