悪魔が来たりて笛を吹く    横溝正史

角川文庫

昭和22年に、舞台は麻布六本木の椿元子爵亭。一家はおとなしく権力のない椿英輔(43)、妻のあき子(40)、娘の美禰子(19)、ばあやの信乃(家の切り盛りをしている、62か3)、女中のお種。しかし終戦と共に多くの人が屋敷に住みついている。英輔の友人の子というふれこみで才が走り、便利な三島東太郎(23か4)、母の兄で女たらしで金遣いが荒い新宮利彦(43)、妻華子、息子の一彦、大叔父の玉虫公丸(70前後)、その妾菊江。
そんな中、天銀堂集団毒殺事件がおき、密告状で容疑者にされた椿英輔が失踪し、信州霧ヶ峰で自殺死体となって見つかった。彼はフルートの名手であり、「悪魔が来たりて笛を吹く」というなんともいえず、暗い曲を作曲すると共に、娘に「これ以上の屈辱不名誉にたえられない。」の遺書を残している。しかし帝劇で英輔らしい人物を見掛け、生きているのかも知れぬ、と心配し、美禰子が金田一の元に相談にきた。
元子爵亭。英輔の生存を目賀博士が砂占いによって当てようと皆を占い室の中にしつらえられたテントの中に呼ぶ。ちょうど電力統制で8時過ぎに停電になる。ところが祈祷が終わり、電気が点いた時、砂の上には奇妙な火炎太鼓の模様が書かれ、どこからか薄気味悪いフルートの音。調べてみると二階の英輔の部屋でないはずのあの曲のレコードがなっていた。騒ぎが終わったその夜、掛け金と閂をかけた占い室で玉虫元伯爵が、襟巻きで首を絞められて殺されていた。側には凶器らしい雷神の置物、砂の上には血であの火炎太鼓の紋章が書かれている。3時ころ菊江が異常を感じ、三島等がドアを打ち破って入り発見したというのである。しかも前後してお種や信乃が黄金のフルートを持った英輔らしい人物を見掛ける、防空壕から天銀堂で盗まれたらしい耳飾りの入ったフルートのケースが見つかるなど陰がつきまとう。
事件が天銀堂事件に関係しているかもしれぬ、と当局は事件の起こった日の椿英輔のアリバイ等を再調査する事にした。出川刑事を英輔が明石で滞在していた宿に派遣し、金田一も同道する。オカミの話等から意外なことが分かった。かって明石に玉虫元子爵が滞在していたが、そこに奉公にでていた植木屋植辰の娘お駒が妊娠した。縁を切られて里で小夜子という子を産んだ。玉虫元子爵が殺された、との報が流れたとき、お駒らしい女が尋ねて来たという。
淡路島の山村に妙海尼と名を変えたお駒を尋ねるが、殺されていた。関係者の証言から娘の小夜子は自殺したが妊娠していたという。しかも小夜子の父は実は新宮利彦らしい。ところが、東京から今度はその新宮が殺されたとの報。あのフルートの聞こえる中、夜間温室に連れこまれ、風神像で殴りつけられ、絞殺されたようだ。
金田一は英輔の生死が分からず、モンタージュ写真が配られていたことから、天銀堂集団毒殺事件関係者が犯人に強制されて犯罪を犯していないかと考えた。容疑者を再度調べると一番疑わしかった飯尾豊三郎が浮かんだが、増上寺で虐殺死体で見つかった。
さらに調査の結果、三島東太郎が偽物で、共に二本の指がないことから植辰の息子治雄らしいと分かった。なぜ、彼は偽名を使って椿家に潜り込んだのか?
事件未解決のまま、嵐の日、なにかに驚き鎌倉の別荘に移ったあき子が、目賀博士からもらった薬を飲んだ死んでしまった。誰が薬を入れ替えたのか。
いよいよ金田一があの占い部屋に皆をあつめて謎解きをする。あの玉虫元子爵殺しは偶然で、犯人は火焔太鼓の模様を砂の上に表し、あの気味悪いフルートを聞かせて驚かせることが目的だった。しかしスタンプ変わりに使った風神像を取り返しに行ったところ玉虫に見つかった。その場は治めたが殺意を感じ、天窓口に呼び出し、腕をつっこみ相手の襟巻きを掴んで絞め殺したのである。犯人は実は植辰の子ではなく、新宮利彦が妹あき子に生ませた者で、天銀堂集団毒殺事件を利用して、両親への復讐を行おうとしたのだ。英輔の言う「これ以上の屈辱不名誉」とは兄妹の相姦と彼等の同居をさし、天銀堂集団毒殺事件とは関係が無かった。

トリックはそれほどではないが、物語とし非常良くできている。終戦当時の没落貴族の様子、日本各地の状況なども興味深い。淡路島行きの場面など特に作者が言う以下の言葉に共感する。「私は思うのだが、本格探偵小説の面白さは、全体の構想の面白さ、奇抜さは言うまでもないとして、細部にいきわたった神経の毛細管の緻密さが、非常に重要な役割を果たしているようだ。」(中島河太郎の解説から)
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