團十郎切腹事件      戸板康二

講談社文庫

ホームズ役が雅楽、ワトソン役が竹野という新聞記者、歌舞伎の世界のミステリーというところが特色。歌舞伎を分かっていればいるほど楽しい作品と思う。再読に際し渡辺保「歌舞伎手帳」を参照した。
車引殺人事件
「菅原伝授手習鏡」の「車引」では梅王、桜丸、松王が見得を切った後、御所車が割れて時平役の山中平八が公家悪姿で現れる予定だったが、車の中で死んでいた。直前に魔法瓶の白湯を飲んだが、砒素が混入されていたことが分かった。前後の行動を再現しようとするが、皆、黒い衣装をつけていたので、記憶があいまいだ。控え室の雅楽は、付き人の勝さんと拡声器で舞台の様子を聞いていたという。
迷宮入りに見えたが、雅楽は、偶然公演中にラジオで「車引」を放送していることを発見、聞いていたのはそちらだったことに気づく。
尊像紛失事件
骨董趣味の小半次は、由緒ある金無垢の阿弥陀如来の尊像を借り出し、「小松殿」を演じていたが、公演中に浪さんが殴られ、尊像が盗まれた。江川刑事を中心に、犯人像の推定、場面を再現しての調査や持ち物チェックを行うが分からない。しかし雅楽は「双面」で、尊像を突きつけられる半九郎の演技が、急に良くなった事に気づき、訪ねると「尊像が素晴らしいから」との返事。あわてて楽屋を調べると末、小道具の偽の如来像のそばにふくさ包みに入れてあった。犯人は「盛綱陣屋」公演中、犯行を示唆され自白してでる。
立女形失踪事件
「紫の上」で立女形を演じる朱雀が失踪した。政界でのもめ事を知っていたために誘拐されたのではないかと心配されたが、後援会長が誤解し、朱雀の身を案じ、隠したもの。朱雀が書いた謎のメッセージが面白い。「初花」で箱根を示唆し、「貫一」で宮の下を示唆した。初花役は芝居では「箱根」の「いざりの敵討ち」にでてくるだけ。
等々力座殺人事件
雅楽とK市を訪問、近くのR町にある等々力座で起こった事件に遭遇した。座長の弟で敵役が得意の源三が首を手ぬぐいでしめられて殺されたのだ。調べると去年座長の息子で6才の若蔵が、大阪から来た嵐雁八一座の公演に際し、代役で「盛綱陣屋」の佐々木小四郎を演じ大成功をしたこと、少し前にR町の神社から神鏡が紛失する事件が起きていたこと、「梅が香」という芸事修行の本の存在、などが分かった。雅楽は若蔵を呼び「君がやったね」と問うと、若蔵が「はい。」みんなから励まされた若蔵が、一層芸をみがこうと「梅が香」を読み、その中のたとえ話通りに鏡を盗み、おじさんの首を絞めたところ死んでしまった、という。クイーンの「Yの悲劇」を下敷きにしたという。
松王丸変死事件
名門だが素行の悪い葉升と結婚することになったおたかが相談に来た。「私はまじめな佐多蔵が好きだった。ところが昨年都座での公演最後の日「寺子屋」で松王丸を演じた後、睡眠薬を多量に飲み過ぎ自殺した。あれは葉升から意地悪をいされたためではないか。」佐多蔵の書き残した日記を調べてみると、葉升の差し金で寸法のあわぬ衣装を整えられたり、公演時に演劇評論家をみんな他所に集められたり、てりふり人形で対立していることを知らされるなど。葉升もついに認めて、結局破談になる。
冒頭に出てくる雅楽のシャーロック・ホームズばりの推理も魅力。
盲女殺人事件
坊城笑子は個人舞踏会で朝顔を踊った。最後に盲目になった笑子が粉薬を飲むと、目が開く筋書きになっていたのだが、粉薬がいつの間にか砂糖から砒素に変えられていて、彼女は死んでしまう。雅楽は、砂糖を求めるアリ等の証拠から、犯人は夫の坊城と道ならぬ恋に落ちた女性と断定する。
團十郎切腹事件
嘉永7年(1854年)夏、8代目市川團十郎は多くの借金があったが、そのために名古屋の興行師から江戸の瑠璃五郎という役者を連れてきてほしい、でなければ名古屋で二タ芝居打ってほしいと要請される。江戸に行った團十郎は知り合いと共に瑠璃五郎を誘いだすが、彼は三島で消えてしまう。その8日後に大阪の旅館で自刃して果てる。
瑠璃五郎誘拐説などの中、雅楽は、團十郎は瑠璃五郎を江戸から連れ出せなかった、三島までの瑠璃五郎は團十郎の変装だ、と指摘。瑠璃五郎の傘の文字、養上専一は鱶七、星、團十郎と書きあらためられたとする。過去の事件を推理するという方式で、名作「時の娘」を下書きにしたという。
奈落殺人事件
築地大東劇場。「隅田川」の班女に扮していた嵐芙蓉が奈落に降りてくると、床屋のすぐ前に女が倒れていた。女は芙蓉と懇意で小さなバーを経営している山瀬たみ子で、鋭利な刃物で刺されていた。雅楽が聞いてまわると、芙蓉は銭屋の娘と結婚することになっている、床屋の妻はお稲と言って実は芙蓉の実母であること、彼女は犯行時刻頃外に出ていることが分かった。髪を刈っていた小半次が、証言したとおりなら、お稲が犯人ではないことになるが、雅楽は回転椅子と鏡による錯覚と考える。
グリーン車の子     
雅楽は、「盛綱陣屋」の微妙役で出演するよう要請されたが子役の義蔵が気に入らず、返事を躊躇していた。竹野と東京へ出るおり、隣に一人旅の女の子が乗ってきた。一つ前 の竹野の隣に京都から上品な女が乗ってきた。雅楽は、おとなしい彼女がすっかり気に入っ た。しかし、列車が東京駅に着く頃、謎が解けた。女の子に言う。「盛綱陣屋の小四郎に、君が出るんだね。」女の子は義蔵だった。(本作品のみ双葉文庫「日本推理作家協会賞受賞作全集3」より)

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