エトロフ発緊急電       佐々木 譲

新潮文庫

 昭和16年初等、日本海軍は、将来、日米開戦がさけられないとの前提に作戦が練られ、真珠湾奇襲攻撃作戦が検討されていた。しかし、この作戦は絶対的な秘密が確保されなければならず、もし米国が奇襲を予測して準備しておれば、日本の敗戦は必至だった。
 一方アメリカは、日本の動きを探ろうと、スペイン戦争で革命に絶望したケニー・斉藤をスパイとして送り込む。彼は牧師のスレンセン、韓国人スパイ金等との共同作業により、山脇書記官等の極秘書類盗みだしに成功する。その結果、ケニーは日本軍がエトロフ島に集結するらしいことを知り、執拗な官憲の追求を振り切って密かにわたろうとする。
一方、ロシア人と日本人との混血児ゆきは、函館に働きに出たものの失職して故郷エトロフに戻って、叔父の駅逓の仕事を引き継ぎ、クリル人の宣三とともに平和に暮らしていた。秋、ついに日本海軍は単冠湾に集結、これを追って潜入したケニーは状況を打電する一方、ゆきと激しい恋におちる。
 しかし、日本海軍が真珠湾に向けて動き出した日、「ケニーが彼女を利用しただけだった」と考えたゆきと官憲は、彼を追いつめ、ついに無線機を破壊、ついでその命を奪う・・・・。

 米国は、日本軍が単冠湾に集結している情報を得ていた。しかし、彼等は、せっかく送った情報を軽視していた。結果、皮肉にも日本の真珠湾奇襲攻撃は大成功を納めた。日米開戦前夜の歴史の流れが的確にとらえられ、その中で主人公のケニーやゆきをはじめ登場人物がその時代に即応して生き生きと描かれている。物語としても面白く、壮大なエンタテイメント作品になっている。

・世の中は星と錨と顔とヤミ、馬鹿な面して並ぶ行列(291p)
・死体を引きずり出し、これにもやはり体に深く傷を入れて海に放り投げた。・・・・海に死体を放りこむ際、浮かんできて欲しくなければ、身体に切り傷をつくってやれと。(447p)
・国のことなんか言ってないわ。海軍やら戦争やらがなんだって言うの。そんなことは知らない。私が悲しんでいるのはそんなことじゃないわ。あなたは人の真心をいいように利用した。 好きなようにもてあそんで、陰では舌を出していたんだわ。・・・・・(602p)

* 死体の海への投棄

r990901